大変だった水汲み【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第265回2023年11月16日

今は農村部でも水道の蛇口をひねれば飲み水はもちろん風呂の水も出てくる。しかしその昔は井戸だった。その井戸が家屋敷の中にあればいいが、地域によっては地下水脈が家のところをうまく通っておらず、遠くの共同井戸から水を汲んで来ざるを得ないところもあった。
私の生家から10キロくらい離れている純農村地帯にある母の実家がそうだった。扇状地の中腹部に位置していたからである。
私の生まれた山形盆地は四方を取り囲む山から流れてくるいくつかの川で形成される扇状地であるが、その川の上流部は川や泉の水を生活用水として利用でき、下流部は伏流水の湧き出る泉(この湧き水=自噴水を山形では「どっこん水(すい)」と呼んでいた。どっこどっこと湧き出てくる水、ぴったりのいい名前だと私は思っているのだが)を利用できるけれども、その中間にある中流部は伏流水が地下深く浸透しているので水の確保が難しい地帯となる。
だからこういう地帯の多くは水田地帯ではなくて桑園=養蚕地帯(戦後は果樹作地帯に変わった)となるのだが、生活用水のためには井戸を掘らなければならない。
ところが相当深く掘らないと水が出ない。水脈を見つけるのも大変だ。だからすべての家が井戸を持つなどということができない地域もある。
それで母の実家などには井戸がなく、家から30メートルくらい離れたところにある共同井戸を利用していた。そこから木製の手桶(後にはバケツになるが)に水を汲み、それを二つ天秤でかついで家まで運んでくる、そしてこれは女と子どもの仕事だった。
手に入れるのにこんなに大変な水を飲料や料理以外に使うのはもったいない。だから、母の実家ではご飯を食べた後の茶碗やお椀は白湯とたくあん一切れとで洗い、その白湯を飲み終わった後に布巾で茶碗を拭き、さらに包んで箱膳に入れ、戸棚にしまう。
たまに泊まっていっしょに食事をする幼い私には、なぜそんなことをするのかがわからず、奇妙に思ったものだった。
また、家の庭に小さな池をつくり、そこで米をとぎ、鍋釜や野菜を洗い、顔も洗っていた。池の水はきれいである。近くの山から集落を縦断してまっすぐ通って流れてくる小川から小さな水路をつくって水を引き込んでいるからである。
池の水はまた細い排水路でその小川に戻される。なお、この池では鯉を飼っている。生活用水、養魚用水の両方で使っているのである。
お風呂の水も、井戸から運んでくるのが大変なので、この家の前の小川から手桶に汲み、家の風呂場まで約10メートルくらいの距離を運ぶ。いくらきれいな水だとはいっても、この水で風呂を沸かすと何ともいえないいやな臭いがした。川魚や蛙などといっしょに利用している水なのだからそれも当然かもしれないが。
川の管理のために村ぐるみの共同労働でなされる「川干し」(注)のとき、たまたま母の実家にいたことがあったが、干上がった川の底でバタバタ暴れている魚を捕まえるのがおもしろく、その夜に焼いて食べるのも楽しかった。
しかしその小川で洗濯や洗い物もするものだから上流で伝染病(今で言う感染症)など起きたら下流部にすぐ伝染するという問題をかかえてもいた。
なお、この小川の水はさらに下に行くと田んぼの灌漑に使われた。したがってそれは生活用水であると同時に農業用水でもあったのである。
私の生家の場合は町場にあるが家に井戸があったので、母の実家のような不便はなかった。水脈が豊かだったのだが、近所には井戸のない家も多かった。
井戸を掘るにはお金がかかるし、お金があっても水脈が家屋敷のところを通っていないと掘れないからである。井戸のない家はやはり相対的に貧しい家であったことからすると、金がやはり問題だったのだろう。
私が生まれた頃(昭和初期)には旧山形市内に水道が通っていた。それで井戸のない家は数戸共同で道路脇に作られた水道栓を利用していた。その共同水道には勝手に利用されないように水栓がついておらず、利用する家がそれをそれぞれ持っていて、使うときに挿して水を出したり、止めたりしていた。そこに手桶などをもってきて水を汲んで家の台所に運んで利用するのである。
一方、井戸のある家は水道を使わなかった。水道管を家の中まで引き込むのにはかなり金がかかるし、冬は寒さで凍って使えなくなるときがあるからである。それよりは金がかからず、夏は冷たく冬温かい井戸水の方がずっとよかった。
(注)川の水の利用者が共同して、川の流れを上流で一時堰(せ)き止めて川を干し(水をなくし)、川に落ちているゴミ等々を地域の人々がみんなで取る等してきれいにすること。
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