帰って来なかった村の子どもたち【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第282回2024年3月14日
20世紀末、ウルグァイラウンドの締結・食管制度廃止のころ、ある村から頼まれて行った講演会で私はこう語った、
「後20年もしないうちに米価は今の一俵2万円から1万円になるだろう、それで農業をやる後継者はさらに少なくなり、中山間地の田畑などは荒れ果てて都会からのゴミ捨て場になり、ゴミとカラスの舞い飛ぶ村になるだろう、もう一方で平坦部など優良農地は日米の大資本の系列下におかれた企業が経営するようになるだろう。もちろんこのまま成り行きにまかせれば、農家ががんばらなければだが」と。
それを聞いて農家の方はみんな笑った、まさか、少しオーバーだと思われたのだろう。
しかし実際にそうなりつつある。米価は1万円近くにまで低下し、若い担い手は激減している。中山間地の林野、田畑は都市開発で出る土砂の捨て場になり、さまざまな被害を及ぼしている。
高度成長期以降。農家の子どもたちは高校を出るとみんなみんな東京など大都市へ、工業地帯へと出ていった。家を継承するはずだった長男まで、当然のごとく職を求めて家を出て行った。親は止められなかった、農業の魅力などと語って引き留めることもできなかった、いい就職口のない、若い男女のいない=結婚相手もいない農山村にとどまる気持ちなど若者にはさらさらなかった。
でも親たちは、自分たちが働けなくなったら子どもたちは故郷に帰って来て、家を、農業を継いでくれるものと確信していた。子どもも最初はそう思って出て行った。
だから親は、家を田畑をきちんと子どもに引き渡せるように、一所懸命管理してきた。しかし、なかなか帰って来なかった。どうも子どもたちは帰って来る気はないらしい、それがわかっても、田畑を管理し続けた。
本来なら孫といっしょににぎやかに暮らしているはずなのに、家は老夫婦二人だけでがらんとして淋しくなった。しかし家はきちんとまもった。帰って来る来ないは別にして、いや帰って来ないとわかっていても、いつ帰って来てもいいように、家を土地を管理した。
でもやはり帰って来なかった。年をとっても子どもたちは帰って来なかった。それでも老夫婦は田畑を維持し、家をまもってがんばった。
子どもたちは言う。もう年なのだから、身体が心配だから農作業はやめろ、町に建てた自分の家に移って来い、あるいは施設に入れと。
老いては子に従え、昔からそう言われてきた。実際に祖父母や父母は身上(しんしょう)を子どもに譲ると、子どもの言うことに従った。まわりの家でもそうだった。だから若いころは自分もそうするつもりでいた。しかし、村に残った老人はその格言に従わなかった。子どもから繰り返し繰り返し言われてもそれに従わず、村から出なかった。
そして田んぼに稲を植え、畑に野菜を植えた。来る日も来る日も曲がった腰を伸ばし伸ばししながら、ゆっくりゆっくりと畦の草を刈り、また草を刈り、畦畔や小道を直し、また直し、水路をさらい、またさらって、田畑をまもってきた。大変だった。でもそれは昔から当たり前のことだったし、とくに苦しいとも思わなかった。
しかし淋しかった。かつての大家族での暮らし、それから考えると家の中は本当に淋しかった。それでも盆正月だけは賑やかになる。町から子どもや孫たちが訪ねてきてくれる。そのときには代々伝わる故郷の料理をごちそうし、帰りには手作りの米、野菜、漬物や乾物、そして山菜などふるさとの匂いのするみやげを持たせて帰した。それが本当に楽しみだった。それもあるから田畑をまもり、山をまもり、家をまもってきた。
でも子どもや孫たちは家に戻って来なかった。
しかしもう限界、町に住む子どもたちに引き取られ、あるいは施設に入所させられる。そして耕作放棄は進み、離農はさらに続出するようになった。
そんな農村ではなく、魅力ある、若い人たちであふれる農業・農村にしたいと思って働いてきた東北大学を定年退職し、北海道網走にある東京農大で教育研究を続けるようになったのはちょうどそのころ、1999年、まさに世紀末の年だった。
そして北海道でまた定年を迎え、2006年に東北に戻ってきた。もう70歳になった、研究教育から一切身を引く、ということで農村にも行かないことにした。
と言っても、本稿にも登場してもらった私の教え子学者がたまに私を引っ張り出し、その昔私がよく通った農山村地帯を案内してくれる。そのたびに感じたものだった、かつて農家の方や農協役職員の方といっしょに飲んだ飲み屋さんや食堂が、賑やかだったパチンコ屋やカラオケボックスがなくなっている、家々の電灯も見えなくなっている(前にそのことを書かせてもらったが)ことを。
それはいかに若者が農村部にいなくなっているかを示すものだった。都市に出た子どもたちがいつかは戻って家を継いでくれる、それはまさに幻想でしかなかったのである。
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