主食は空気【小松泰信・地方の眼力】2024年9月11日
9月8日、夕食の材料を買いに生協の店舗に行く。コメが置かれているはずの陳列棚はもぬけの殻。コメがないんだよ!
次にいつ買えるか不安
中国新聞(9月4日付・地域広島)は、米の品薄が続く広島市内のスーパーから現場の声を伝えている。
「現在入荷が不安定のため、品切れの際はご迷惑をおかけいたします」「お1人様2点限り」(コメ売り場での張り紙)
「焼きそばなど麺類で我慢している」(主婦)
「7店目のスーパーでやっと見つけた」(会社員男性)
「地震の後は一度に5袋買う人もいた」(スーパーの担当者)
「通常なら週1、2回は入荷するが今は不定期で、入荷がない週もある。(在庫問い合わせの電話に)いつ入りますと確約できない状態だ」(スーパーの仕入担当)
安定的な入荷が見込めるとして、新たな仕入れ先を開拓したスーパーでは、広島県内の農家が持ち込む産直米のコーナーを新設した。新米が5キロで3758円と高めの価格設定だったが、買い求める客が相次いだそうだ。
「長男の弁当用のコメを確保できた。次にいつ買えるか不安なので私たちはオートミールや玄米でしのぐつもり。もうしばらくの辛抱ですよね」(会社員女性)
改正食料・農業・農村基本法第二条を遵守せよ
「コメの安定供給体制に不備はないか。農林水産省は生産量を抑制してきたコメ政策を検証する必要がある」と指摘するのは西日本新聞(9月6日付)の社説。
総務省の小売物価統計調査から、九州主要都市の7月のコメ小売価格が前年同月比で10~30%程度上昇したこと。福岡市のコシヒカリ5キロの小売価格は2781円で、2カ月前より500円以上高いこと。8月はさらに上がったと推測されること。そして、消費者物価指数は前年同月比2%台の上昇が続いているが、コメの値上がりはこれを大きく上回っていること、などを紹介している。
コメの品薄と価格上昇の要因のひとつとして、在庫量の減少をあげる。
農水省は、6月末の主食用米の民間在庫量は156万トンで、統計を取り始めた1999年以降で最も少ないものの、需要実績の22%台の在庫を確保しているから問題はないとの認識を示し、インバウンド(訪日客)による需要の増加に、南海トラフ地震臨時情報や台風接近がもたらす買いだめが重なった一時的なものとみている。
しかし「それだけでは、コメの相対取引価格が今年3月以降に上昇し続けていることの説明にならない」と、より徹底した分析を求めるとともに、100万トン程度の備蓄米に関して「放出不要」と政府が判断したことに疑問を呈している。
なぜなら、5月に成立した改正食料・農業・農村基本法第二条(食料安全保障の確保)に反するからである。
求められるコメ政策全般の見直し
「ただでさえコメは政府の備蓄や民間による在庫を合わせた全体量や、価格の決まり方が国民に分かりづらい。また、非常時は流通過程での買い占めが起こりやすい。パニックを招かないよう政府には、データを示した適切な情報発信を求めたい」とするのは、中国新聞(9月1日付)の社説。
端境期に起こった短期的な現象として、楽観視している農水省に対して、「『平成の米騒動』のように極端な不作だったわけではなく、在庫が底をついたわけでもないのに、混乱が起こった点」に猛省を求めている。
備蓄米の放出に関する消極的な姿勢に関しても、「米価の動向を捉えて早めに手続きを踏めば、適切に放出して混乱を抑えることができたはずだ。物価高のさなか、主食の購入に困る国民が出た。柔軟に対応できないなら何のため、誰のための備蓄かと言わざるを得ない」と指弾する。
農家や農地のさらなる減少が必至な状況下において、主食用コメの需要が毎年10万トンペースで減少することを想定した、「コメをつくらせない『減反』や、飼料用米や麦への転作」といった手法の適否も含めて、安定供給策の議論を始めることを強く求めている。
北海道新聞(9月2日付)の社説も、「現行のコメ政策が生産調整に偏重するあまり、気候変動などのリスクに弱いことが露呈した。このままでは同様の事態が再び生じかねない」とし、「政府は需給を注視して必要な対策を講じるとともに、政策を見つめ直す機会とすべきだ」と指摘する。
そして「政府は補助金を出して転作を促し、需給と価格の安定を図ってきた。コメ需要の回復が今後も続くのなら、生産調整のあり方を見直す必要がある」と、減反政策の見直しにも言及する。
加えて、「食料安全保障の観点からも、非常時の供給体制を点検することが肝要だ」として、手続きに時間を要する「備蓄米放出」のあり方への検討を求めている。
コメ不足を常態化させる狂気
髙村薫氏(作家)は、「サンデー毎日」(9月22日-29日号)において、「かつては当たり前のように入手できたものがそうではなくなっているこの異変も、大部分は一過性ではない。作物の生育に甚大な影響をもたらす気候変動も、作物の収穫ができない人手不足も、農場経営の収益構造を悪化させる金利上昇や燃料費高騰も、その一因である地域紛争の激化も、どれも一過性ではないからである。食糧は安全保障の要なのに、米価の維持のために米不足を常態化させるなど狂気の沙汰と言ってよい。健全な農業の保全のために、いまこそ日本の農政のあり方を徹底的に問い直すときだと思う」と、鋭く切り込んでいる。
コメはわが国において、日常の食事の中心になる食物、すなわち主食である。現下の米騒動において明らかになったことは、1人当たりの消費量が漸減傾向にあるとはいっても、コメの存在がこの国の人びとの心身に与える影響の大きさである。
主食である米は、この国の人びとにとって「空気」のような存在である。あるのが当然、ないと命にかかわる一大事。
ゆえに忘れてならないのは、「農家に感謝田んぼに感謝、感謝しながらいただきます、不足は禁物余って安心、在庫上等欠品怠慢、財政負担は食料安保の必要経費、それでも余れば支援米」の心意気よ。
「地方の眼力」なめんなよ
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