(416)「温故知新」【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2024年12月27日
今年も一気に年末ですね。ありきたりですが、1年を振り返ってみました。
食料と農業の両方をグローバルとローカルの2つの視点から見るというのは意外と大変だが興味深い。とくに2023年から2024年にかけては、食料・農業・農村基本法改正の前段の検討が進んだ時期であり、複眼的な視点と思考が求められた。
この分野では多くの関係者の関心は基本法改正に目が向いていたようだが、昨年秋以降、別の検討の中で食料供給困難事態対処法という有事対策法の検討が進展していた点も重要である。このコラムでも何度か指摘してきたが、こうした新しい動きを見る際は、現在直面している状態だけを見るのは片手落ちになる。過去、同様な事態の時にいかなる対応がなされ、その結果がどうなったかを参考にすることが現代においても一定の示唆を得る有力な方法となる。人間の頭脳は危機に際しては意外と似たような判断をするからだ。
その意味で大正デモクラシー、コメ騒動、関東大震災、その後の昭和初期への動きを調べなおしてみると、100年前とは思えないほど多くの興味深い点が見つかるであろう。
5月、食料・農業・農村基本法が改正され、先に述べた有事の対処法も成立した。細かい点はいろいろ議論にはなるだろう。だが、全体として見れば、ようやく日本でも「食料安全保障」の概念がFAOを始めとした世界の「food security」の概念に近づいたという点、また、国家安全保障というレベルから一人一人の食料安全保障にまで射程が拡大した点は一定の評価ができると思う。
難しい点は、食料安全保障のような概念は、わかりやすく簡単に定義しようとすると短期的には十分と思えても、その後の時代環境の変化により必ず新たな要素や齟齬が生じる性質がある点だ。そうなると定義そのものの抜本的変更が必要になる。こうした本質を理解している欧米では、「食料安全保障とは○○の状態だ」という方式ではなく、「△△が無い場合には食料安全保障は確保されていない」という表現を好む。△△に相当する要素は当初いくつか想定したとしても、その後の変化ともに新しい要素が生じるからだ。その場合でも基本は変更せず、新たに生じた項目のみを追加するという「歴史の知恵」である。このあたりはギリシャ・ローマからの蓄積を感じる。
例えば、食料安全保障という概念の構成要素では、入手可能性、アクセス、利用、安定という4つの要素が一般的には広く知られている。入手可能性は古典的な需給の問題と強く関連している。また、買い物弱者問題により、国内でもアクセスの問題が注目された。さらに、利用の面では食品ロスの削減のような展開方向だけでなく、今後は栄養不良者への対応という方向へも注目が集まるであろう。安定はもちろん一時的な安定だけでなく、持続可能性という新たな要素の登場へとつながる。
これらの要素の他にも当事国・人々がどれだけ主体的意識を持ち、食料安全保障を達成しようとしているかの程度などが議論されている。
一方、今年はさまざまな分野で安全保障自体が議論になった年でもある。経済安全保障やエネルギー安全保障、知的財産の安全保障や国土の安全保障など、分野ごとに見れば安全保障はいくつも存在する。概念的には、日本という国全体の安全保障があり、その元にエネルギーや食料、経済など個別分野の安全保障があると考えた方がわかりやすい。こうした場合、日本語には極めて便利な言葉がある。「総合」である。
過去を見れば、1980年に当時の大平内閣のもとで「総合安全保障構想」が出されている。もちろん、当時と現在とでは時代背景が全く異なる。それでも個別分野での安全保障議論が他分野にどのような影響を与えるか、あるいは全体として最適な方向はどのようなものか、かつてJapan as No.1とまで言われた時代に当時の日本人が何を考えたかを知ることは、来年以降の日本の行く末を考える上でヒントのひとつとしても有益であろう。
「温故知新」を持ち出すまでもなく、年末年始の間に少し昔を振り返り、物事を整理してみるのが良いかもしれない。
* *
皆さま、一年間ありがとうございました。良いお年をお迎えください。
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