【浅野純次・読書の楽しみ】第104回2025年1月9日
◎田中秀征・佐高信 『石橋湛山を語る』(集英社新書、1155円)
石破茂首相が所信表明演説で石橋湛山元首相の言葉を引用し、石橋湛山議連が作られて勉強会が活発に行われるなどで、メディアもちょっとした湛山ブームとなっています。
本書も不世出のジャーナリスト・政治家の湛山を題材に、政治と政治家がどうあるべきかを論客同士、論じ合っていますが、ご両人とも湛山の信奉者で、今の政治家の評価は厳しいものがあります。
確かに湛山の意志と自我の強さ、金銭的潔癖さ、反骨精神、視野の広さ、寛容性、潔さ、どれをとっても今の政界に希少としか言いようがないものです。
内容は、まず戦前から湛山が主張し続けた小日本主義とその現代的意義について、そして湛山の防衛論ない安全保障論、さらに政治姿勢と進んでいきますが、時の政局を振り返りながらの戦後政治史の趣もあってとても興味深く読めます。
例えば岸信介との微妙な関係(政治思想的には正反対だった)とか、自民党が過半数割れして非自民党政権や自社さ政権ができた当時の政治家たちの動きなど、その中心にいた田中秀征氏ならではの話は文句なしに面白く勉強にもなります。
政治を国民のものにするために何が求められているのか考える貴重なヒントにあふれた、濃密な新書です。
◎小手毬るい『つい昨日のできごと』(平凡社、1980円)
副題の「父の昭和スケッチブック」がずばり内容を表しています。昭和6年生まれの著者の父は漫画を描くのが大好きで戦中戦後の生活をたくさんのスケッチで記録しました。
その漫画作品をそのまま収録し、著者が思い出しつつ書いた家族の生活ぶりとで構成されています。「ほんまは漫画家になりたかったんよ」と母親が言うとおり玄人はだしの出来栄え。自ら書き込んだ説明文も補完的で本書の主役は漫画です。
戦中であれば米機の機銃掃射から逃げ惑う図とか、軍事教練でひどい目にあっている場面、戦後なら占領軍兵士の横暴な言動やら、食料難に苦しむ家庭風景など、次から次へとユーモアさえ感じさせる漫画が続きます。
著者の書いた文章部分も劣らず面白く、母親の毒舌ぶりなど抱腹ものです。でも笑いながら読みつつも、もうあんな暮らしはこりごりだ、戦争なんて二度とやってはいけない、そんな太い線に貫かれていて、戦中戦後生まれはもちろん、若い世代にもぜひ読んでほしいと思います。
◎帚木蓬生『花散る里の病棟』(新潮文庫、880円)
文学部を出て就職後、医学部に学んだという異色の経歴をもつ著者の作品にはいつも魅了されます。あまたの受賞でその力量は折り紙付きですが、本書も力作ぞろい。戦前戦中戦後を舞台にした話と、21世紀の話とが交錯する10篇から成る短編集ですが、どれも甲乙つけがたい味わいがあります。
前者は町医者だった作者の祖父と父が主人公ですが、地域医療へのひたむきな献身もさることながら、軍医としての壮絶な体験には圧倒されます。
特に薬も医療器具もなく、飢餓状態の中、ルソン島で米軍の攻勢からただ逃げ回るだけの兵隊への残酷な対応や葛藤など、生命の尊厳、人間性について深く考えさせられます。
現代篇はときにユーモアも交えつつ医療の奥深さ、可能性が浮き彫りにされます。掉尾はコロナ・パンデミック下における医療がテーマ。誰しも「医」は避けて通れません。心打たれつつ改めて医療を考える格好の書です。
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