【浅野純次・読書の楽しみ】第112回2025年8月27日
◎山田正彦『歪められる食の安全』(角川新書、1078円)
「消費者庁」と聞けば、消費者を守り、消費者に利益となるような規制や仕組みのための施策に取り組んでいるお役所と誰しも思うでしょう。でも本書が次々に明らかにする消費者行政はあきれるほどひどい。「反消費者庁」と呼びたいくらいです。
食品表示は容器に貼ってあるあのラベルですが、実態は日々、劣化、悪化の一途をたどっています。「ゲノム編集」食品にその表示義務がない。「遺伝子組み換えでない」と表示することは事実上、不可能である。添加物を使っていなくとも「無添加食品」とは記すことができない。消費者庁の行政指導でこれが現実なのだとか。
なので消費者は添加物や遺伝子組み換えを避けることが難しくなっています。関係メーカー(特に旧モンサント)を消費者庁が意識していることは言うまでもありません。
国産品かどうかの表示もひどい。例えば小麦製品は「産地・米国」などとは表示されません。「小麦粉(製造・日本)」と義務付けられているので製粉工場の場所(日本に決まっています)が書かれ、国産小麦は輸入小麦に埋没してしまいます。
というわけで著者の知見と危機感と行動力には圧倒されます。多くの農家、業界人、消費者にぜひ読んでもらいたいと思います。
◎井上弘貴『アメリカの新右翼』(新潮選書、1705円)
世界、特に欧州の政治の右傾化は著しいものがあります。米国もかつてのリバタリアンやネオコンとは景色のまるで異なるナトコンとかテック右翼とかが入り乱れています。
流派もさることながら本書はデニーン、ティール、カミュなど右派の旗手たちの言動を精緻に解説して「新右翼」の現状を解明していきます。彼らはトランプ政治にも大きな影響を与えています。実際、デニーンはバンス副大統領が私淑していることで知られているので、もしバンス大統領が誕生したらと想像しながら読みました。
彼らの多くはイデオロギーとはあまり親和性がないので、単純に右、左と決めつけると間違いかねません。それぞれの潮流は人種、宗教、経済力などの個人的属性によって規定されます。
多様な米国社会はそれだけ多様な潮流が生まれ、変容してきました。米国の保守、あるいは右派を理解するには格好の本であり、参院選で芽を出してきた日本の右寄り潮流を考える上でも大いに参考になるでしょう。
◎石井光太『ルポ 誰が国語力を殺すのか』(文春文庫、902円)
表紙の帯に、大きく、「ごんぎつね」が読めないこどもたち、とあります。「読めない」とはどういうことか。
ご存じ、狐のごんと親思いの兵十の人情噺(ばなし)ですが、兵十の母親が亡くなって近所の人が葬儀の行われる兵十の家の前で大きな鍋でぐつぐつ煮ている。何をしているのか、という問いに対する生徒たちの答えがすごすぎて著者は「読めない」と評したのです。これが今の4年生の常識かと私もびっくりでした(ネタバレになるのでこれ以上、書きません)。
著者の言うとおり、国語力はすべての基本です。理解する、想像する、表現する。みな国語力が問われます。でも実情は惨憺たるものです。文科省も教師も親もこれで良しとするのか。優秀校に通う恵まれた子弟は別として、このままでは日本の前途は危うい限りです。ネットやゲームの弊害、不登校児の問題、疲弊する教育現場、多面的ルポは極めて重要な問題を提起して考えさせられます。
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