トラへの媚びよりクマ退治【小松泰信・地方の眼力】2025年10月29日
10月28日、盛岡市の中心地でもクマの出没が相次いだ。岩手銀行本店の地下駐車場にクマ1頭が侵入。箱わなで捕獲。同銀行から北西約2キロの距離にある岩手大学構内でもクマ目撃。警察官が発見したが、その後見失う。

どう考えても緊急事態
環境省の速報値から、今年4~9月の死傷者数がヒグマで4人、ツキノワグマで104人と、23年度に並ぶペースであることとを伝えるのは毎日新聞(10月29日付)。9月から、市街地に出没したクマに自治体の判断で発砲できる「緊急銃猟制度」がスタートし、これまでに緊急銃猟によるクマ駆除が7件あったが、出没の多発に追いついていない、と危機感を募らせている。
なお、狩猟免許所持者約21万人(21年度)のうち、緊急銃猟に必要な第1種銃猟免許の所持者は約8万人にとどまり、長年のハンター不足は解決されていない。
28日の閣議後記者会見で「政府を挙げて対策に取り組んでいく緊急性を感じている」と述べた石原宏高環境相は、①緊急銃猟の事例やノウハウを自治体と共有、②自治体が雇用する「ガバメントハンター」などを確保、③科学技術を活用した個体数の適切な管理、などを柱としたクマ対策の強化を省内に指示した。
なお警察庁は24日に、住民の安全確保を最優先し人身被害を防止するよう都道府県警に通達した。
自衛隊は後方支援
毎日新聞(同日付)によれば、クマによる人身被害が深刻化する秋田県の鈴木健太知事が28日小泉進次郎防衛相と面会し、「これまで経験したことのない危機的な事態」と記した要望書を手渡し、「県と市町村、県警で駆除に努力してきたが、問題が長期化し、現場の疲弊がピークを迎えている。県内のマンパワーや資源では対応できない」「ぜひとも自衛隊の力を貸していただきたい」と訴え、自衛隊の派遣とクマの捕獲に伴う活動支援を正式に要望した。
小泉氏は「与えられた能力と権限を最大限に生かし、秋田県と協力して早急に対応策を練り、安全と安心を取り戻す」と話し、自衛隊による支援に積極的な姿勢を示した。同日には陸上自衛隊東北方面総監部などの隊員を秋田県庁に派遣した。具体的には、箱わなの運搬と設置、仕掛けた箱わなの見回り、駆除したクマの解体処理などの後方支援活動が見込まれている。
米軍の特殊部隊と森の中で戦うようなもの
クマの駆除がいかに難しいものであるかを、1年以上前の朝日新聞(24年5月26日14時)が伝えている。
「命がけでやるには、あまりに割に合わない」と語るのは山岸辰人氏。条件面で折り合わず、北海道奈井江町からのヒグマ駆除への協力要請を辞退した北海道猟友会砂川支部奈井江部会の部会長。
23年9月に市街地近くのゴルフ場にヒグマが居座り、同部会が追い払ったが無報酬。報酬はなく、ボランティアだった。
町には、それまでヒグマ対策で猟友会との取り決めがなかったが、24年4月に「鳥獣被害対策実施隊」を設置し、同部会にヒグマ出没時の見回りやワナの設置、捕獲駆除から処分まで、一連の対応への協力を要請。報酬は日当4800円、見回り3700円、発砲した場合1800円で、1日最大1万300円。金額は、近隣の砂川市を参考にしたという。
これに対し、猟友会側は「報酬が少なすぎる」などと反発。5月18日付の書面で「人員的にも難しい」と辞退。同部会の会員は70代が中心の5人。それぞれ仕事があり、急な呼び出しへの対応は難しい。報酬には、駆除後の解体や火葬場での焼却処分まで含まれており、「8時間労働では、とても終えられない。後継者も育たない」とのこと。
山岸氏は、「ヒグマは賢い動物だ。森の中はクマのフィールド。こっちは見えていなくてもヒグマにはこっちが見えている。どこから襲いかかってくるかわからず、一瞬で顔をかじられたハンターを何人も知っている。米軍の特殊部隊と森の中で戦うようなものだ」とヒグマ駆除の危険性を強調した上で、「お金目当てだと思う人もいるが、ヒグマの駆除はボランティアではない。この土地で安心して生活していくためのコストだとわかってもらいたい」と訴える。
北海道新聞(5月11日10時54分)によれば、町と猟友会の溝は埋まらず、町は代替策として24年7月、猟友会に所属しないハンター11人に駆除を委嘱した。なお町内在住者は1名のみで、多くは出没時に札幌圏から駆けつけているとのこと。
北海道における猟友会の会員数はピーク時の1978年度の1万9699人から、2024年度に5749人と3割以下に減った。うち70代以上が25.8%を占め、駆除体制の維持のためにも、ハンターと各自治体、警察の連携が不可欠、としている。
また、緊急銃猟に関する、「ハンターがリスクを負う状況に変わりはない」(山岸氏)、「ヒグマを仕留めるには経験が必要。建物が密集する市街地となればより難しい。国の法改正にはハンターの不安が反映されていない」(砂川支部のハンター)との声を紹介し、「発砲した責任をハンターが負うリスクについて議論が進んでいない」実情を問題視し、「ハンターの不安に向き合い、新たな体制に反映させる必要がある」として記事を締めている。
台湾有事よりクマ有事
北國新聞(10月26日付)の社説は、「里地里山で過疎、高齢化が進んで人の気配が薄れ、クマの出没範囲が広がった構造的な要因を考えれば、こうした状況は今後も続く恐れがある」と警告する。そして、「人身事故がこれだけ多発すれば、クマ問題は鳥獣管理の領域を超え、治安対策としての性格を強めている」ことから、「市街地での捕獲も『公務』としての位置づけを明確にしてほしい」と、かなり踏み込んでいる。
市街地での発砲、そして確実な捕獲には高度な技術が求められている。本来、猟を趣味とする人たちに、緊急猟銃によって「公共の安全を確保する役割」という重責を担わせる上では、捕獲従事者を行政職員として任用することも含めて、「職務としての安定した立場を保障する必要がある」と、正論で迫っている。
クマ問題が「治安対策としての性格を強めている」という指摘は極めて重い。市街地を凶暴な超大型犬が跋扈している状況を想像すれば、とりわけ西日本の都市部の人々にもその恐ろしさは容易に理解できよう。
サンデー毎日(11月9日-16日号)で髙村薫氏(作家)は「遭遇したが最後、命の危険にさらされる野生動物の生息範囲の広がりは、確実に地方の暮らしの姿を変えてしまう話である」とした上で、「これはまさしく石破前首相も高市新首相も力を入れている地方創生の重要課題のはず」と断じている。
トラに媚びる前に、「暮らしの安全保障」を脅かす「クマ有事」に立ち向かえ。それができない政権に「有事」を語る資格なし。
「地方の眼力」なめんなよ
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