椎、栃、ハシバミの実【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第373回2026年1月22日

どんぐりはあく抜きをしないと食べられない、これは常識なのだろうが、たった一つ、マテバシイのどんぐりは、タンニンをあまり含まないのでアク抜きを必要とせず、そのまま炒って食べられるのだそうである。
このマテバシイはどんぐりと同じブナ科であるが、マテバシイ属に属するもので、われわれが普通見るどんぐりのコナラ属とは異なるもの、だからそのまま食べられるのだろう。ただし、マテバシイは西南日本の温暖な沿岸地帯に自生するものとのこと、東北に住むわれわれには縁がないようである。
このマテバシイと似ているものとして椎の木がある。ただし、椎はブナ科シイ属でマテバシイとは近縁の別種なのだそうである。この椎の木にも実はなり、マテバシイと同じく灰汁抜きせずに食べられるが、その姿かたちはどんぐりとはかなり異なるとのことである。
ということなので無視しようと思ったのだが、椎の木の北限が福島県であること、椎の木には子どものころの歌の思い出があるので、ちょっと触れさせてもらう。
「ムカシ ムカシノ ソノムカシ
シイノキバヤシノ スグソバニ
チイサナオヤマガ アッタトサ アッタトサ」
この『お山の杉の子』の歌は、戦時中私たち子どもの間で大流行り、みんなで大きな声で明るく歌ったものだった。
そのさい私は第二節目の歌詞をこう歌っていた。
「ヒイノキバヤシノ スグソバニ」
ヒノキ=桧は聞き知っていたが、椎の木は知らず、そんな木があるとは思わなかったので、耳に聞こえる歌詞のシイノキはヒノキのことだろう、メロディの関係からヒをヒイと伸ばしただけなのだろう、したがってヒイノキが正しいのだろうと思っていたからである。 それに、山形語との関係がある。私たちの山形語は共通語の「ヒ」を「シ」と発音する場合がある(註2)。当然そう発音すると「標準語」ではないと先生から注意される。だから、あの歌の「シイノキ」の「シイ」は私たち子どもの聞き違い、「ヒイ」つまり「ヒノキ」が正しいのだろうと思って「『ヒイノキ』バヤシノ」と歌っていたのである。そう歌ってもとくに誰も注意しなかった。みんないつもシとヒを混同していたからだろう。
そうすると、つまり私たち流の歌詞の通り歌っていくと、ヒノキは杉の木よりお国の役に立たないということになってしまうのだが、とくに疑問も感じず歌っていた。
これが間違いだと気が付いたのはかなり後のことだった。そして椎という木があること、この椎の木は杉の木を馬鹿にしたりするよくない子らしく、杉の木よりも役立たずらしいと思うようになるのだが、そもそもその椎の木がどんな木なのか私は知らなかった。それは木々に関する私の知識のなさからくるのだろうと思っていたのだか、実は私の故郷の立地からも来るものだった。椎の木は暖帯の植物であり、照葉樹林地帯では身近な里山の樹木らしいが、その北限は福島県、新潟県とのこと、したがって子どものころはきっと見たことがないのである。大人になってどこか南の地域で見たことがあるかもしれないが、見てもわからない、誰かから教わったときもない、それでいまだに写真でしか見たことがない。
それでも、椎には実がなり、それは食べられるということは知るようになった。しかし、残念ながらいまだに食べたことがない。
ただし、栃の実は食べたことがある。といっても実それ自体ではなく、栃の実の入ったせんべいであるが。
シャンゼリゼ・銀座のマロニエの並木道、マロニエとはどんなしゃれた木なのだろう、若いころそんなことを考えていたのだが、何のことはない、栃木県、栃錦などで慣れ親しんでいる栃の木のことだという(正確にはセイヨウトチノキなのだそうだが)。それを後で知って友だちと笑いあったことがあったが、その程度の関心しか栃の木には持たなかった。
その後この名前を印象的に聞いたのは、会津出身で北大の助教授になったばかりのころの大田原正昭君(故人となってしまった)からである。彼が私の研究室を訪ねてきたときに蜂蜜をお土産にもってきてくれ、栃の花の蜂蜜が日本では最高なのだと教えてくれたのである。何でそんなことを知っているのかと聞いたら、学校の教師をしていたお父さんが教え子を戦場に送り出したことに責任を感じて戦後教師をやめ、養蜂業を始めた、それで詳しいのだという。そんな話を詳しく聞いたことで非常に印象に残っている。
もちろんそのころはその昔凶作のときに栃の実を山から採ってきて飢えをしのいだものだという話も知っていた。しかし、その栃の実を見たことはなく、食べたことももちろんなかった。
どこでだったかいつごろだったか正確に思い出せないのだが、会津の山村の直売所ではなかったかと思う、栃の実せんべいというのを見かけた。これは珍しい、かつて栃の実はドングリと共に山村での主食であり、あるいは飢饉の際の食料だったということを聞いていたので、物は試しと早速買って食べてみた。香ばしさがあってけっこううまかった。
それ以後、山間部の観光地のお土産屋さんなどで注意してみてみると、たまに栃餅とか栃の実煎餅とかを売っているところがある。そのときは大体は買うことにしたものだった。特別うまいとは思わないが、こうした伝統食の歴史を残しておいてもらいたい、その一助にでもなればということからだった(次回に続く)。
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