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山ぶどう、バライチゴ【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第377回2026年2月19日

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 山野に自生する蔓性の木の実といえば、前回述べたアケビの他に山ぶとうがある。
 しかし私は山ぶどうの実を採ったことがない。ただし、山に行ったときに見たことはあった。小学校の秋の遠足のときだったか、何の時だったか覚えていないが、山道で友だちから教わって実の生っているのを見たのである。かなり高い呼気の上にぶら下がっていたのでただ見るだけ、普通のぶどうの実からみると実はかなり小さく、房にまばらにしかついていないのが印象的だった。
 それでも山ぶどうの実は酸っぱいということは知っていた。私の生家で山ぶどうの液を飲んでいたからである。

 私の幼いころ、祖母が秋になると毎年のように山ぶどうを一升瓶に詰め、ふたをして台所の米櫃(こめびつ)(ご飯を炊くために米を入れておく容器)の裏においていた。どこから山ぶどうを手に入れるのか、これも聞いていない。何日かおいたその液を水で薄め、砂糖を少々入れて飲ませてくれた。きれいな濃い赤紫色だった。甘いのだが、ちょっと酸っぱく、また口の中に渋みが残るのが欠点だった。それでもうまかった。しかしそれは1~2回で、やがて一升(1.8リットル)瓶の液体は子どもに飲ませられなくなる。醗酵(はつこう)する、つまり葡萄酒になるからである。身体にいいということで大人がちょっぴりずつ飲んでいたものだった。

その後縁のなくなっていたこの山ぶどうにまともにお目にかかるのは1980年代後半、山ぶどうでワインの製造を始めた山形県朝日村(現鶴岡市)でだった。ちょうど秋、農家の方が山に行ってかごいっぱいに採ってきた見事な山ぶどうの実と、野生種を改良して畑で栽培した山ぶどうの実が、農協のワイン醸造施設に運ばれてくるのを、感激しながら見たものだった。そのとき初めて山ぶどうのワインを飲んだ。ワインの味はよくわからないが、純国産のワインを飲むのは気分がよかった。

それより後(2000年ころ)になるが、岩手県葛巻町でもワインの製造所をつくり、山ぶどうのワイン製造を始めた。
 葛巻町の農家の方によると、子どものころ山ぶどうを採って食べ、家ではそれを葡萄酒にしたものだったという。もいできた実を潰して重しをすると柔らかくなって汁が出てくる、それを絞って瓶に入れる、そのさい密封すると発酵して爆発するのでワラで蓋をし(これは濁酒づくりの場合と同じである・筆者注)、できた葡萄酒は水で割って砂糖を入れて飲んだとのことである。この伝統を時代に対応してワイン製造に引き継いだといえよう。伝統の新たな復活として大事に育てていきたいものである。
また、同じく岩手県の遠野市でも山ぶどうワインを販売し始めた。ちょっと甘めだが女性にはいいかもしれない。製造は今言った葛巻のワイン製造工場に委託しているが、施設の有効利用にはいいこと、協力して山ぶどうワインを普及させてもらいたいものだと思ったのだが、今はどうなっているだろうか。

そのときふと考えたのは、ワインとかジュースとかに加工するばかりでく、つまり加工用としてばかりでなく、山ぶどうの実を直接食べられるように品種改良ができないものだろうかといすうことだった。現状では粒は小さく、まばらにしかならず、甘いのもあれば酸っぱすぎるものもある等ばらつきがあるので食用には難しいだろうが、こうした欠陥をなくし、日本原産のぶどうが食べられるようにしてもらいたいものだったが。

同じように山野に自生する蔓性の木の実で私が子どものころ口に入れたものとしてバライチゴがあった。
 しかし、私にとってそれは山の果実ではなく野の果実だった。田畑の道端などに生(な)っている赤い実を採って食べたものだからである。なお、どこでだったか覚えていないが、黄色いバライチゴも食べたことがある。赤い実よりも粒の数は少ないが酸味が少なくて甘かった記憶がある。
なお、家内の生家の地域(宮城県南)ではこうしたイチゴをノイチゴと呼んでいたそうである。家から畑に行く途中の道端に生えており、それを採って食べたことがあるという。
ということで、私たちにとっては野原の木の実だったのであるが、山地に多く生えるのでその実は山の木の実といわれているのだろう。

このバライチゴを食べることがなくなってから何十年も過ぎ、網走に住む(注)ようになって三年目の2001年、何とそれを小清水原生花園の駐車場の近くで見つけた。まだ幼かった孫にそれを食べさせたところ、甘いと喜んで食べていた。私も本当にしばらくぶりで食べた。その翌々年、斜里町の知床博物館に行ったとき、その裏にある小さな丘に一面バライチゴが自生していた。見事だった。もちろん孫といっしょに私も一粒採って食べた(公園法違反かな)。甘かった、うまかった、懐かしかった
とは言ったものの、私の食べたのがバライチゴ、ノイチゴであるかどうか、それはわからない。というのはバライチゴの属するバラ科キイチゴ属で日本に自生している種はかなりあるとのことだからである。なお、ノイチゴという種はなく、キイチゴと同じような総括的な意味の言葉として使われているようである。

 それでまた改めて調べてみた。まずわかったのは、私が故郷でまた北海道に一時期住んだときに食べたバライチゴはそもそもバライチゴではなかったということである。バライチゴは生物学からすると中部地方以西の本州から九州に分布しているものなのだそうである。バラのようなトゲのある蔓性の木に、イチゴのような小さな甘い(当時の栽培イチゴは酸っぱかった)また赤い(キイチゴには黄色もあるが)実がつくことからバライチゴと私たちの地域では呼んでいたのだろうが、正確には違っていたのである。
それでは私たちが食べたのは何という名のキイチゴだったのだろう。北海道まで自生するキイチゴはクマイチゴ、ナワシロイチゴ、エビガライチゴなので北海道ではその三種のうちのいずれか、東北に自生するのはその三種に加えてクサイチゴ、サナギイチゴがあるので山形ではその計5種のうちのいずれかを食べたということになる。そのどれを食べたのかは判然としないが、黄色い実のキイチゴはモミジイチゴというとのことなので、それはまちがいなく食べたことになる。
 なお、私たちが子どもの頃毒があって食べられないと言っていたヘビイチゴもキイチゴの仲間であり、やはり食べられないが毒はないとのことである。

いうまでもなくキイチゴは草本性のいわゆるイチゴとはまるっきり違うものであるが、キイチゴが甘いのに対して当時の栽培イチゴはきわめて酸っぱかった。それで子どものころ、私たちの通称バライチゴを畑に栽培してたくさん生産できないものか、でも実が柔らかすぎて収穫・貯蔵・販売などが難しいと思われ、やはり無理かなどと考えたものだった。
しかし、やろうと思えばできた可能性はある。たとえば欧米ではキイチゴの仲間のラズベリーの育種・改良を進め、その栽培を可能にしており、それは日本でも今栽培され、ジャム等にして販売されている。
となるとやはり日本の伝統的なキイチゴの育種・選抜を進めて栽培できるようにすることは可能なはずである。日本の子どもたちにぜひ日本原産のキイチゴを食べさせてやりたいものだ。
 山野に自生しているキイチゴを採って食べる体験をすべての子どもたちにさせたいのはもちろんのことだが。

温暖化が進む中で、過疎化による林野利用の衰退が進む中で、こうした野生のイチゴは今どうなっているのだろうか、誰も食べてくれなくなって淋しがっていないだろうか。
 なつかしい、もう一度食べてみたいものだ。

今から20年前 (注) 、北海道網走の原生花園に実っているバライチゴ、見た途端手が出た、一粒口に入れた(国定公園法違反かな)、甘かった、懐かしかった、まだ幼かった孫に食べさせた、喜んでいた。今はどうなっているだろうか。

(注)前にもお話ししたが、東北大定年退職後の1999年から2006年まで網走市にある東京農業大学生物産業学部に勤務させてもらった、その時のことである。

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