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JAの活動:未来視座 JAトップインタビュー

協同の営みで地域再興 茨城県JA常陸組合長 秋山豊氏(1)【未来視座 JAトップインタビュー】2026年2月17日

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「弱肉強食」といわれる新自由主義を嫌い、「相互扶助」を基本とする協同組合理念を重視する茨城県JA常陸組合長の秋山豊氏。「オーガニックは有機的なつながりも意味する」という。聞き手は文芸アナリストの大金義昭氏。

茨城県JA常陸組合長 秋山豊氏茨城県JA常陸組合長 秋山豊氏

労組"振り出し" 資本と対峙今も

大金 農家のお生まれですよね!

秋山 水戸から北に20km、戦前、本家から分家した4男坊が起こしました。納屋に住み、食うや食わずで働いて稼ぎ、土地を買って田5反(1反=10a)、畑5反の農家になりました。父は2代目、私は3代目の1959年生まれです。

大金 農業の手伝いは?

秋山 子どもの頃は体が弱かった。近所のガキ大将にくっついていましたが、色白だったので女の子に間違えられた!(笑)

大金 ちょっと信じられない!(笑)

秋山 その頃は田と畑が8反ずつ。米とビール麦、サツマイモ、ゴボウで食っていたんですが厳しくなってきて、新たに始めた養蚕が当たった。手伝いは田植え、稲刈りと養蚕でした。

大金 野球も好きだったとか?

秋山 野球と柔道ですね。それで体が強くなりました。中学で野球部に入り高校に入ってからも野球でしたが、椎間板ヘルニアで入院。「原因不明で治せない!」と言われ、苦悩していた時に出会ったのが、社会問題研究会で活動していて後に社会党本部に入る児玉和之君でした。彼から農業問題に取り組むように勧められた。

大金 茨城大学人文学部社会科学科に進んだ。

秋山 茨大では恩師の東敏雄先生に巡り合い社会科学、特に「農民層分解論」を学びました。日本農業の担い手が中小企業的に発展するか、大きな家族農業になるか、全体的に没落するか、地域により異なるか、などを随分勉強しました。卒業を前に恩師に進路を問われ、「うちは農家だし、私は実践で行きます!」と告げると、先生は背中を押してくれた。

大金 「恋愛」についてもぜひ!

秋山 嫁さん問題は農業・農村の大きな問題で、私も小さい頃から「農家の長男は嫁がもらえない!」という劣等感がありました。2人の女性と別れ、3人目が妻、大学の2級下で富山出身でした。「茨城に来てもいい!」と言ってくれましたが、ご両親、親戚が大反対。「農業はさせない!」との条件で認めていただきました、今はやっていますが(笑)。最初にうちに来た日、親父のつぶした鶏が物干しに下げてあるのを見て、一緒に来た女の子が倒れちゃった。「何でこんな日に!」って怒ったら、親父は黙っちゃって!(笑)

大金 大歓迎に鶏を振る舞おうとしたんでしょ、ありがたい親心です!(笑)。お子さんは?

秋山 2人です。長女は東京にいて、息子は県内の魚市場で働いています。「長男は勉強するとヨソに行っちゃうから勉強しなくていい!」と、野球を一緒にやりながら育てました。朝3時から"せり"をする男らしい仕事をしています!

大金 農協中央会に就職したのは?

秋山 農協に入ろうとしたのですが、その年は採用がなかった。組合長推薦で茨城県農協中央会を受けることにしたのですが、直前になって推薦人を降りられ、いろんな方に頼みました。後で聞くと、推薦人の格で決まる縁故的な面も当時はあったようです。

闘わずして意味がない

大金 その後、労働組合の専従も経験した!

秋山 28歳で茨城農協労連の専従を2年やりました。労働戦線統一の頃で、茨城は全農協労連から脱退し、農団労を結成して連合に加わろうとしたのですが、脱退総会が紛糾し、流れてしまった。組合員投票で決めようとしましたが、各職場の猛反対にあい、私の出身の中央会支部まで反対。「専従に出しておいて賛成しないなら、中央会を辞める!」と泣いて帰ったら、土砂降りの中、郡司彰さん(後に参議院副議長)が家まで来てくれた。「何?」と聞くと、「いや、顔見ればいいんだ!」と何も言わずに帰りました。「苦労人」らしい気遣いに気を取り直し、私を推薦した人たちに「ひっくり返してくれ!」と頼んだのです。支部から賛成の連絡がきて、投票でも脱退が承認された。

その後、連続した三つのJA合併に伴なう賃金・権利闘争。人生を変える苦労がありました。「労働組合の最大の罪は裏切りである!」という先輩の教え、途切れなく続く団交、ストライキ、地労委。組合長の心に宿る「資本」との闘いです。家にも帰れず、仲間の家に泊まる。ホテルに泊まる。やがて「闘い続けることが人生なら、闘わない人生は意味が無い!」と呟くようになりました。今でもこれが私の信念です!(笑)

専従が終わって中央会に戻ると経営部に異動し、破綻問題に揺れた阿見農協に出向しました。自己資本比率が2%まで下がって解散か合併かを迫られ、合併の算段をつけに行った。近隣の農協から断られて困っていた時に、美浦村農協の葉梨衛会長が「面倒見てやる!」と言ってくれ、阿見農協は吸収合併されました。一生恩に来ています。出資金を必死に集め、県連から支援金ももらって合併できました。

大金 労働組合の専従役員をした秋山さんが、農協中央会の専務理事に抜擢される!

秋山 労働組合に関係した先輩の皆さんの後押しで52歳で専務になり、剛腕で鳴らした加倉井豊邦会長の下で6年間務めました。就任した年が東日本大震災と原発事故。東電相手に損害賠償を求め、何とか400億円の賠償金を取りました。特に、TPP反対闘争に必死に取り組んだ。"藤木選挙"の時に「期日前投票が3万2000票、確認できました!」と報告したのに、ふたを開けたら1万6000票。選対本部長だった会長から怒鳴られ、うつ病になりました。

大金 秋山さんと先﨑千尋さん(元ひたちなか農協専務)と私の3人で、水戸で一杯やったのはその後でしたか? 先﨑さんは「秋山を組合長にしたい!」と言っていた。(笑)

不祥事要因 賃金の安さ

秋山 思い出します!(笑)。でも私、なりたくて組合長になったんじゃないんですよ。組合長選で副組合長であった地元出身の友人が2度も否認され、報復戦で手を挙げた! 就任したのは5農協が合併して2年半くらいでした。最初の仕事は前年に起きた不祥事のお詫び会見ですが、その後、本店金庫からの横領が発覚した。JAでは県で初の業務改善命令が出され、3年半かかって解除してもらった。ところが、1年後直売所の不祥事があり、防犯カメラとデジタル金庫を全直売所に入れるなど大変でした。「何でこんなに不祥事が多いんだ!」と総代から質問されたので「賃金の低さが土壌にある」と答え、そこから賃上げを始めました。初任給を2万、ベースアップを約2000円2年間、賞与「夏冬3カ月」を「3・5カ月」に上げた。職員も「頑張れば賃金が上がるんだ!」と感じたようです。不祥事も沈静化しています。

大金 コンプライアンスと賃上げをセットで考えるところは、いかにも秋山さんらしい!(笑)。「地区別損益責任制」も!

秋山 当時、5地区のうち2地区が赤字でしたが、去年の決算で全地区が黒字になりました。赤字だった地区の理事は急に元気になり、「農機センターをつくる!」と言い出した。長野県のJA佐久浅間の髙栁利道組合長から聞いた「プロジェクト方式の事業計画」を参考に、1地区一つずつ、地域活性化プロジェクトを興し、栗の自動集穫機、オーガニック農業、ハスの高冷地栽培、農家民泊などを進めています。

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