日本人にとって米とは何か 令和の米騒動から考える国土と文化2026年2月3日
「令和の米騒動」と言われながら、全国のどこでも騒動は起きなかった。にも拘わらず、この2年の日本人の米に対する欲望と行動を見て、今回の騒動は「日本人にとって米とは何か」を考えるいい機会になったと考えている。私は1月18日に茨城県つくば市の並木交流センターで開かれた「つくば楽楽大学」で「日本人と米-日本人にとって米とは何か」というタイトルで話をする機会を得た。つくば楽楽大学はNPO法人スマイル・ステーションが運営する学習組織だ。そこで話したあらましをお伝えする(客員編集委員 先﨑千尋)
米について話す筆者(1月18日、茨城県つくば市の並木交流センター)
米を腹いっぱい食べたかった
日本人にとって米とは食料ではなく、食糧、糧(かて)だった。単なる食べ物の一つではなかったのだ。「白い米を腹いっぱい食べたい」という願望は、長い間一般の人たちの切なる思いだった。それだけではなく、稲を栽培するということは、我が国の国土を作り、制度を整備し、芸術や文化を高め、技術を発達させるという、この国を創る上で欠かせない役割を果たしてきた。
約3000年前に朝鮮半島を経て中国大陸から稲作が我が国に渡来し、長い年月を経て日本全土で稲が作られるようになった。やっと1960年代後半に生産量が1400万トンに到達し、誰もが腹いっぱい食べられるようになった。しかし、米にとってはそれから受難の歴史が始まる。財政の赤字が増え、「減反」、米を作るなというのが国策になった。
一方、アメリカの占領政策と経済の高度成長、国民の洋風化への憧れなどが相まって、米食から、小麦などの粉食や肉、油脂類が食卓を占めるようになった。一昨年の総理府統計では、一般家庭の食料費支出のうち米の比率は3%を切り、単品ではパンや豚肉よりも少なくなっている。このことが、100年以上も前に富山県魚津町で始まった米騒動の時とは決定的に違い、今回、騒動や暴動が起きなかった真因だ。
水田は、誰でも分かるように地面が平らだし、稲作には水も必要だ。畑とは違う。水田は個人では作れない。田づくりと管理は共同作業だし、リーダーと労働力が要る。全国には5000を超える前方後円墳があるが、米の文化の所産だと言われ、国土開発、自然改造の歴史的事業の記念碑だった。
「加賀百万石」と言われるように、江戸時代に米は貨幣となり、経済の中心だった。また、幕府が置かれた江戸には100万人を超える人が住み、年貢米は北前船などで江戸に運ばれ、それを扱う商人が生まれ、生産力が向上。山形県酒田の本間家などの大地主も発生した。幕府や大名は水田開発に力を注ぎ、それまで86万町歩だった水田は300万町歩を超え、人口も1000万人から3000万人と3倍に増えた。
世が代わって明治時代。地租(税金)が物納から金納になり、百姓の生活が苦しくなり、地主の集積した土地が、農地の約半分を占めるまでになった。長塚節の小説『土』にあるように、「稲が田んぼにあるうちはオレのものだけど、刈った瞬間からオレのものではなくなる」という小作百姓の嘆きが聞こえてくる。
戦後の農地改革によって農村を支配していた地主が消え、自分で作った米がやっと自分のものになった。米の品種改良や水田の基盤整備、機械化、化学肥料や農薬の普及などによって、生産力と生産量は大幅に上がった。だが国策は「米を作るな」に転換し、農地も農家戸数も農業就業人口もどんどん減り、「米を作っても米で食えない」ようになってしまった。村から若者が消え、田んぼは荒れ放題で、イノシシが跋扈する。米を作っても1時間で10円にしかならない。ボランティアで農業はできない。昨年春の「百姓一揆」の時に山形県の菅野芳秀さんが話していたが、中山間地では「農じまい」だけでなく、ムラがなくなってしまう状態が進行している。
「令和の米騒動」はなぜ起きたのか
一昨年8月の日向灘沖地震をきっかけに始まった「令和の米騒動」はなぜ起きたのか。農水省は初め「目詰まり、隠匿、投機」などと言っていたが、「米騒動」の原因は結局、需要に対して供給が少なかったという単純なことだった。23、24年に需要量が生産量を約65万トン上回った。それだけでなく、底流に農家の疲弊も横たわっている。国策の誤りの結果だった。
私は講演の最後に、宇根豊さん、富山和子さん、佐藤洋一郎さんらの、農と米のこれからを考える提言と、宮城県鳴子の米プロジェクト、山形県遊佐町での生活クラブ生協の取組み、茨城県石岡市八郷地区での有機農業の事例を紹介した。「米は工業製品ではない。米の価格にカエルや赤トンボの価値は含まれていない。日本列島は米作りを基盤にして創り上げられてきた壮大なネットワーク。農業を放棄すれば、その土台に構築された日本文化は崩壊する。田んぼは巨大なダム。稲作は、土砂崩れ、土の流出を防ぐ。森林の保全とともに美しい地下水を作る。森林の景観を保全する。暑さを和らげる。文化を継承する」等々。
そして、「つくば市とその周辺には多くの水田があり、農家がある。消費者である皆さんが鳴子や遊佐のように農家と提携し、一緒に汗を流せば、暮らし方が変わり、農家も張り合いが出る。つくば市で何ができるかを話し合ってほしい」と提案した。
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