牛の分べん見守り軽労化 「牛温恵」の開発・普及に学ぶ JA全中ミライ共創プロジェクト2023年11月21日
繁殖牛農家は、牛の分娩時期になると昼夜を問わず見守りが必要で、その間の農家の負担が大きい。このため牛の基礎体温をチェックし、発情、分娩時期を見逃さないようにする技術で先鞭(せんべん)をつけた”モバイル牛温恵(ぎゅうおんけい)”が繁殖牛農家の注目を集めている。JA全中教育部は、10月24、25の両日、ミライ共創プロジェクト第2セッションで、モバイルを使い、いつ、どこにいても牛の状態を把握できるシステムを開発し、普及させている(株)リモート(本社=大分県別府市)でFW(フィールドワーク)を実施し、農家や地域の困りごとに対してどのように対応してきたか、また同社の取り組みのどこに共感し、何を学んだか、相互研さんした。
牛温恵の説明をする鷲頭牧場社長の鷲頭さん
(株)リモートは代表取締役の宇都宮茂夫さん(72)が、自ら開発したモバイル牛温恵の製造・販売を目的に2002(平成14)年に設立した。牛温恵は、母牛の体温を膣内に埋め込んだ温度センサーで監視し「分べんの約24時間前」「1次破水時」「分べんの兆候」などをメールで知らせるシステム。これまでのように分べん前の24時間監視の必要がなく、メールの通知で分べんのタイミングををつかむことができる。また分べん事故を減らし、繁殖牛農家の経営安定に貢献している。
牛温恵の基本的な仕組みは、0・1度単位で5分ごとに計測した体温のデータを5分の間に、モバイル通信網を使って5回、ランダムに送信し、リモート監視センターのサーバー内の、各ユーザーごとに割り当てられたスペースに格納する。
体温の変化をスマホに通報
牛舎にセットされた牛温恵
牛温恵には体温の変化によって通報装置が作動するプログラムが組み込まれており、過去2日の同時刻の4時間の移動平均より現在の4時間の移動平均が0・4度以上低下した時点で「段取り通報」が作動。また0・3度以上体温が上昇した時点で「駆け付け通報」が出る。このほか体温が39度以上に上昇した時のSOS通報など、牛の体温の変化に応じて通報が出るようになっている。繁殖牛農家はスマートフォンでそれをキャッチし、対応すればよい。
このシステムを開発した宇都宮さんには「繁殖牛は無事に生ませてなんぼの世界。1頭たりとも子どりに失敗すると経営へのダメージが大きい。分べんのおよそ24時間前と一次破水をメールで知らせることで畜産農家を楽にするとともに、分べん事故ゼロを目指したい」という思いがある。なお分べん事故は全国平均で約6%あり、その損失は大きい。
牛温恵の説明をする(株)リモート代表取締役の宇都宮さん(左端)
武石秀一さん
宇都宮さんの牛との付き合いは中学生時代から始まる。別府市の農家の長男に生まれ、繁殖雌牛を2頭飼育し、バイクで4km離れた豆腐屋まで餌のオカラをもらいに行っていた。その後、地元の農業高校を卒業し、20歳のとき、繁殖雌牛15頭と肥育を含めた30頭規模で本格的な畜産事業を始めた。畜産経営を10年続け、27歳のとき、化学関係の企業などで働き、埼玉や茨城県、北海道を転々。この過程で半導体やIT技術に興味を持ち、独力で勉強した。
半導体技術を現場で活用
そのころ大分県の国東町で大規模な和牛牧場を訪問し、自分が27歳まで苦労していた発情・分べん時期の把握がいまだにできていないことに気づき、「牛飼いの体験と半導体で得た技術、知識で和牛の繁殖に貢献できないか」と考えた。これが牛温恵開発の動機となった。2002年、51歳のとき今の会社を設立した。
牛温恵が世に出るには運命的な「人の出会い」があった。宇都宮さんは牛の基礎体温の変化で発情・分べん時期を判断する監視システムを大分県の畜産試験場に持ち込んだとき、担当したのが同試験場の企画情報部にいた武石秀一さん(現在大分県農林水産部畜産振興課参事監兼課長)だった。
県の技術員が共感
折しも、武石さんは、県内の家畜保健衛生所で、牛の発情と基礎体温の研究をしていたことがあり、基礎体温の変化が発情・分べんに関係することは分かっていた。しかし、24時間態勢で体温をチェックする方法がなく、実用化への限界を感じていた。
武石さんは、これまでの研究から牛の基礎体温に関するデータを蓄積していた。これと宇都宮さんのIT(情報技術)がマッチした。2003(平成15)年から共同研究を始め、「家畜体温の生涯遠隔監視システム」で大分県ビジネスグランプリ―優秀賞受賞。また「分娩予知通報システム」で特許を取得し、2008(平成20)年牛温恵の発売を開始した。
なぜ宇都宮さんと一緒に取り組もうと思ったか。武石さんは、①家畜の体温を利用する発想に共感②異分野の門をたたく心意気に感銘③技術への自信、信念を持った説明に信頼感④新しいことへのチャレンジ、高揚感ーを挙げる。
アグリガール 営業員も共感
NTTドコモのアグリガール、中嶋雅子さん(中央)の話を聞くプロジェクト参加者
牛温恵に繁殖牛経営の将来性をみたのは武石さんだけではなかった。NTTドコモのアグリガール(以下、アグリガール)が、繁殖牛農家の経営の負担を減らそうという思いに共感し、2013(平成25)年業務提携した。アグリガールはNTTドコモの農業IT化事業の最前線を担う営業部隊で、公式な組織ではなくリーダーもいない。農家と接点のある仕事に携わっていれば誰でも自己申告で参加できる非公式なネットワーク組織で、約170人のアグリガールが全国で活動している。
長崎県壱岐島での営業活動を報告した長崎支店の法人営業課長でアグリガールの中嶋雅子さんは、「最初の半年間はまったく相手にしてもらえなかった」という。デモ機の設置やその後のフォロー、時間の空いたときは牛舎の掃除など、畜産農家や牛とのふれあいを大切にしてきた。今では特別な子牛がうまれると「まさこ」と名付けられるようになった。
中嶋さんは「誰のため、何のため牛温恵を普及するのか、常に考えて行動している。『何か農家のためになりたい』という"利他"の精神が大切」と、アグリガールの基本となる理念を説明する。牛温恵はそれにふさわしい商品だった。
「牛温恵」の普及に学んだプロジェクトの参加者の感想(グループワークから)は次の通り。
▽共感すると人が動くことに感動した。そのためにはお互いの信頼関係をつくることをが大事だと分かった。
▽宇都宮社長は、分べん事故や24時間監視など、畜産農家の困りごとを解決した。その思いと牛温恵開発の先見性がすばらしい。
▽まだポケベルの時代だった当時、宇都宮社長の技術に対する自信はすごい。個人でゼロから新規事業に参入するには、相当の覚悟が必要だっただろう。アグリガールは商品ではなく、自分を売ることで地域に受け入れられたのだと思う。
▽牛温恵は繁殖牛農家に売りやすい。分べん事故は1年間の飼育を無駄にすることであり、費用対効果が分かりやすい。また牛温恵の理解を得るデモの効果は大きかったのではないか。
▽人との出会いのいかに大切かよく分かった。畜産試験場やアグリガールとの出会いはそのことを示している。
▽なぜ分べん事故が6%もあるか。そのことに疑問を持たなかったのだろうか。宇都宮社長はそこに気づいた。当たり前といわれることに疑問を持つことが重要だと感じた。
▽壱岐島でのアグリガールの取り組みは、強い意志に基づくサービスの提供が、彼女たちの生きがいになっている。商品サービスの価値がコストを上回ったといえる。
▽組合員に寄り添うことで真の困りごとが分かる。宇都宮社長はそれを実践した。JAは組合員の訪問、対話にもっと力を入れるべきだと感じた。
▽JAの中だけで考えず、異業種との交流が必要だと感じた。FWで学んだことを持ち帰り、組合員と対話してみたい。
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