畜産:シリーズ
【シリーズ・酪農「有事」を追う(上)】離農加速、1万戸割れの衝撃 円安と需給緩和に政策遅延2024年7月1日
専業農家が大半を占め、日本農業の基幹品目である国内酪農の足元が大きく揺らぐ。改正食料・農業・農村基本法制定を踏まえた食料安全保障、地域経済にも大きく貢献する酪農は現在、「有事」ともいえる危機に直面する。現状、課題、打開策を連載企画シリーズ「酪農『有事』を追う」で考える。(農政ジャーナリスト・伊本克宜)
写真=円安に伴い資材高で各地では農業危機突破へ緊急集会。
右端には酪農政治連盟の旗も見える(2022年8月、西日本最大級の酪農地帯を抱える熊本・JA菊池管内で)
■「仲間が消えていく」
総会シーズンの6月。この間、現在の酪農危機と絡めいくつかの会見で関係者に訊いた。その一つ、6月20日のJミルク総会後の会見。筆者は副会長の隈部洋全酪連会長に「生乳需給緩和の対応が指定団体に偏在している。一方で酪農家の離農は歯止めがきかず、直近で1万戸割れの事態と見られる。地元・熊本では経済安保も踏まえ半導体メーカーTSМC進出で経済効果があるが、酪農家の離農にも結び付いているのではないか」と問うた。
隈部氏は「都府県では酪農の離農割合は7%と高い。最近下がってきたとはいえ、仲間がいなくなっていくのはやるせない。周辺酪農家の生産意欲、モチベーションが下がっているのが気がかりだ。高コストの中でも、何とか持続可能な経営ができるように、関係者の支援も含め頑張る時だ」と強調。そのうえで、「半導体企業の誘致は経済安保のためだというが、国防に果たす農業、食料の役割も忘れるべきではない」と付け加えた。
同氏は熊本県酪連出身だ。西日本最大級の酪農主産地を抱える熊本・JA菊池管内への半導体企業進出は好景気に沸く半面、農地転用、賃金高騰による農業雇用労働や地下水への影響など農業分野では課題も浮き彫りとなっている。坂本哲志農相も同JA管内出身だ。
「仲間が消えていく」という言葉に酪農の苦境がのぞく。
■リスクは指定団体に偏在
今の酪農の窮状を探るには、25日の全国連、指定生乳生産者団体で構成する中央酪農会議の記者会見がいいだろう。
中酪は円安に伴う資材高止まりなどコスト増加で酪農危機の打開が必要だとして国への要請内容を明らかにした。要請では、酪農経営の窮状で離農が引き続き高水準だとして、酪農危機の打開策として①全国の酪農関連の業界関係者参加による生乳需給安定対策の構築②「みどり戦略」推進も踏まえ直接支払いも含めた政策支援の実施③現在の危機的酪農経営への緊急的な支援対策の3項目を求めた。
これらに課題が〈凝縮〉している。後述するが、安倍長期政権下の「官邸農政」によって強硬導入された2018年4月施行の改正畜安法(畜産経営安定法)は大きな問題を抱えた制度改正だった。生乳流通自由化を促す一方で、当初から懸念されてきたように酪農家同士の不公平感を助長、生乳需給調整にも支障をきたす事態に陥っている。
筆者は「改正畜安法に伴い非系統が拡大し、需給調整の指定団体への負担が増している。非系統も含めた全業者参加の需給安定対策が欠かせない。国主導で基金造成など必要ではないか」「直接支払いに言及しているが、全中は適正な価格形成に力点を置き直接支払いには慎重な姿勢だ。この場合は環境負荷対策に限定してのことか」「緊急支援対策の具体的なイメージは何か」の3点を訊いた。
寺田繁中酪事務局長は「具体的中身はこれから検討していく。とりあえず、政策的支援を踏まえ大きな3本柱を示した。緊急支援対策は9月の理事会で詰めたい」と応じるにとどめた。いずれも関係機関との調整が必要な重要案件だが、今後の酪農危機打開のカギを握る。
■「先行指標」畜酪論議は不完全燃焼
2023年末の2024年度畜酪論議にさかのぼろう。今回の畜酪が関係者の注目を集めたのは、「畜酪危機」の打開策を探るのはもちろんだが、単なる畜種別の対策がどうなるかなどではない。今後の農政の行方を占う〈先行指標〉としての位置づけがあったためだ。
まず、生産基盤維持と直近のコスト高をどう政策価格に反映するのか。「国産シフト」を強調する食料安全保障、四半世紀ぶりの食料・農業・農村基本法見直し、それに伴う今後10年間の品目別目標生産数量と連動する次期酪農肉用牛近代化基本方針(酪肉近)の在り方。「2024物流問題」も絡む加工原料乳の集送乳調整金の算定をどうするのか。
さらに、日本農業のアキレス腱ともされる畜酪振興と飼料海外依存からの脱却をどう進めていくのか。国産飼料拡大は、飼料用米、発酵粗飼料(WCS)用稲や濃厚飼料代替の子実用トウモロコシ増産といった水田農業の今後の方向とも密接に絡む。いわば今回の畜酪論議は、食料安保再構築の大きな農政の流れの中での〈先行指標〉とも言えた。
農業全体の大きな課題であるコストを反映した適正価格実現では、加工原料乳生産者補給金単価をどうするのかが、今後の乳業メーカーと指定生乳生産者団体(指定団体)との乳価交渉、特に都府県も含めた全国酪農家の手取り価格に直結する飲用乳価交渉にも影響を及ぼす。
だが畜酪論議は課題を先送りし、不完全燃焼に終わった。
■酪農理解には「需給」「政治」「国際」
わずか1万戸の酪農家が、生乳730万tと主食であるコメよりも50万tも多い生産を実現している。国民に必要なたんぱく源を供給する酪農は、ほぼ全員が専業農家のいわば〈少数精鋭〉で、日本の基礎的食料生産を担ってきた。日本農業の今後を担う〈宝〉ともいえる存在だ。その酪農が〈有事〉に直面する。しかも、かつての需給緩和、自由化問題など対応策がある程度絞り込めた事態とは異なり、様々な要因が絡んだ「複合不況」の状況だ。
一方で、そうした危機的状況の理解が浸透しているとは言い難い。制度を理解していないメディアの一知半解さも加わる。一般的に資材高など酪農生産現場の窮状が語られることが多いが、それではあまりに一面的で解決策を探るのは難しい。
過去に前例のない酪農問題を理解するには複雑な生乳用途別の「需給」、さらには政策、酪農制度に絡む「政治問題」、他品目に比べ常に自由化攻勢にさらされ地政学リスクも高まる「国際問題」を踏まえることが欠かせない。シリーズ「酪農『有事』を追う」ではこうした観点も踏まえ、さらに課題を深掘りしていく。
(次回は7月3日掲載予定)
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