JAの活動:負けるな! コロナ禍 今始まる! 持続可能な社会をめざして
自然と人間が生命を支えあう社会を 哲学者・内山節【負けるな! コロナ禍 今始まる! 持続可能な社会をめざして】2020年7月7日
新型コロナウイルス感染は長期化するとの見通しのもと、ウィズコロナという言葉も使われ始めた。ウイルスが命を脅かすことはもちろん、コロナ禍で明らかになったのは食の確保もいかに脆弱な社会になっているかということだった。生きていくのに必要な社会のあり方を内山氏が提言する。
哲学者・内山節 氏
◆ウイルスを撲滅するのは不可能
私たちが新型コロナウイルスの存在を知るようになって半年が過ぎた。このウイルスの性質などはなおわからないことが多いが、この間に私たちは、これからはコロナウイルスと共存する他ないことを覚悟するようになった。コロナウイルスを撲滅することなど不可能なのである。それはインフルエンザウイルスと同じことである。
安全に共存するには、効果的なワクチンが開発されるか、少なくても過半数の人が感染し集団免疫を獲得するか、効果的な治療薬が生まれるかしかないのだけれど、そのすべてが簡単にはいかないだろう。安全で効果的なワクチンをつくるのは容易ではないし、そのことは以前から開発が進んでいるインフルエンザワクチンをみてもわかる。ワクチンを接種してもインフルエンザにかかる人はいくらでもいるし、日本では毎年千人から六千人くらいがインフルエンザで死亡している。アメリカではこの一年間のインフルエンザによる死者数は六万人程度と考えられている。集団免疫を獲得する方法も、その過程で何が起きるのかが予想できないし、効果的な治療薬の開発も簡単ではないだろう。
とすると、コロナウイルスと共存するには何が必要なのか。そのことを検討するには、この間の世界の感染拡大の動きから教訓を導き出すことが重要である。
◆都市の格差社会が感染爆発に
コロナウイルスの感染拡大は、アジア地域では武漢とインドを除けば比較的穏やかであるのに対して、その他の地域では爆発的な感染拡大が起こっている。何がその違いをつくりだしているのかは、いくつかの仮説は生まれているものの、依然として謎だといってもよい。だが、はっきりしてきたことがひとつある。それはこの感染症が、多くの場合、都市を基盤にしているということである。
もちろんウイルス感染である以上、農山漁村の人々が感染しないということではない。だが、感染爆発は圧倒的に都市社会のなかで起きているのである。
感染爆発が起こったアメリカや西ヨーロッパ、ブラジルなどをみると、都市の社会構造にひとつの共通するものが存在している。それは固定化された格差社会の存在であり、都市のなかに中流以上の人たちが暮らすエリアと、低所得者たちの暮らすスラム街が形成されていることである。日本でも格差の固定化はすすんできているが、しかし低所得者が暮らすスラム街は今日では成立していない。
アメリカなどでは、はじめにスラム街で感染爆発が起こった。白人よりも黒人、ヒスパニック系住民の方が感染者が多いということもそれを物語っている。ところが都市の維持機能の多くは、この低所得者層に支えられていた。道路の清掃、商品の運搬などだけではなく、中流以上の人たちの生活も、低所得者たちがメイドなどのかたちで支えていた。働かなければただちに生活が破綻する人たちが、労働をつづけなければならなかっただけではなく、彼ら抜きには都市社会自体が維持できなくなっていたのである。それはスラム街の感染者たちが、都市全域に感染を拡大する結果を生んだ。感染が爆発的に拡大した要因には、固定化された格差社会と、低所得者に都市機能を維持する肉体労働をゆだねる社会構造があった。
とともに、都市という人口密集社会がウイルスにとっては活動しやすい場所だったことも確かだ。つまり都市がウイルスに弱いだけでなく、現代都市社会の構造がいっそう都市の弱さを拡大させていた。
さらにロックダウンや「自粛」がおこなわれると、現代社会のいくつかの問題が表面化した。そのひとつは高齢者の暮らし方だった。ヨーロッパでは高齢になると、高齢者施設で暮らす人が多い。施設としてはよくできたものが多いのだが、高齢者がまとまって暮らすスタイル自体が感染拡大を広げてしまった。当然高齢者であるだけに、重症者や死亡の割合も高くなる。すなわち閉鎖空間の存在が感染を拡大し、そこで数多くの高齢者が暮らしていたのである。現代都市のライフサイクルのあり方自体が、感染症に対しては脆弱だった。
さらにある場所で大量生産をして全国に輸送するという生産方式も、生産や輸送の過程で集団感染が起こると、たちまちその脆弱性を露呈することになった。それは農産物でも同じで、アメリカやドイツでは畜産加工場で集団感染が起こり、そこが閉鎖されると畜産農家も出荷先を失って途方に暮れることになった。海外からの輸入がストップすると国内の商品流通が滞っただけでなく、国内での大量生産、大量流通という方式もまた感染症に対しては脆弱なシステムだったのである。
◆多層的重層的な地域社会を
このようにみていくと、コロナウイルスが広がっていく背景には今日の社会の問題点が潜んでいることがわかる。第一に都市を中心にした社会自体が感染症に対しては脆弱だった。第二に、資本主義、とりわけこの数十年間に広がった利益のみを追求する新自由主義的な資本主義が格差社会を固定化し、この構造が感染拡大を容易にしていた。第三に、危機において最低限必要になる物資さえ国内で生産されておらず、さらに国内生産されているものでも大量生産、大量流通に依存していることが、感染下の社会危機を増幅させた。
これらのことは、これから私たちの社会をどのように作り替えなければいけないのかを教えている。もっとも大きな課題は地域のあり方である。基本的なものを地域で生産、供給できる循環度の高い地域を、どうやってつくっていったらよいのか。もちろんすべてのものを地域でつくれるはずはない。だが地域とは、多層的、重層的な構造としてとらえなければいけないものである。私は群馬県の山奥の村、上野村にも家があって、東京との二重生活をするようになって半世紀ほどがたつが、上野村では集落が最も小さい地域である。だが同時に上野村自体が地域であり、さらには西上州と呼ばれてきた群馬県南西部が、生活、教育、医療などをふくめた地域である。農産物の出荷先まで入れれば、地域は首都圏にまで拡大することができる。
課題は最小の地域で循環的に営めることを追求しながらも、同時にさらに広域的な地域で循環的に確立できることを重ねていく。このような、多層的、重層的に成立していく地域を創造することこそが、危機に立ち向かえる社会のかたちだということである。海外で生産したものを輸入しなければ、基礎的なものも手に入らない社会の脆弱性を、私たちはコロナウイルスとともに暮らした半年の間に、強く意識せざるをえなかった。
◆求められているのは農業ととともに営まれる社会の再構築
そしてそれは、農業とともに営まれる社会の再構築でもある。なぜなら、社会の維持にとっては、食料生産の循環的な持続が欠かせないからである。
最近では感染防止か経済活動かという議論をよく耳にする。だが課題は経済ではない。社会を維持する仕組みを内部にもつことが、危機に立ち向かえる社会をつくるためには重要なのである。もちろん社会活動が維持されれば経済活動も成立するが、経済が維持されていれば、自然と人間がともにその生命を支え合っている社会が維持されるわけではない。私たちはどんなときでも維持できる社会をつくらなければいけないのであり、それは農業をはじめとする一次産業とともに営まれる社会でなければならない。
これからの歴史は、コロナウイルスだけではなく、さまざまな感染症との共存を人間たちに迫っていくことになるだろう。さらに、さまざまな自然災害が世界を襲いつづけるかもしれない。人間たちは、どのような社会をつくったら、危機においても社会維持ができるのかを真剣に考えなければならなくなったのである。コロナウイルスでは、大都市の構造や都市的ライフスタイルが感染を拡大させ、新自由主義的な資本主義がそれを増幅させた。今日の大量生産、大量輸送のかたちも問題を発生させた。このままでは維持できない社会であることが暴露されたのである。そこから何を学ぶのか。いまの私たちに求められているのは、そのことである。
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