JAの活動:築こう人に優しい協同社会
【乗り越えようコロナ禍 築こう人に優しい協同社会】SDGs織り込み 農薬の役割発信 農薬工業会会長・本田卓氏に聞く2021年7月26日
地球的規模の異常気象の頻発や人口の増加で、食料の安定確保が世界の大きな関心事になっている。このため農産物生産の維持・拡大に農薬の果たす役割がこれまでになく重要視されている。この大きな転換期に農薬産業はどのような役割を果たすべきか。農薬工業会会長の本田卓氏(日産化学取締役専務執行役員)に聞いた。聞き手:谷口信和東京大学名誉教授
安全安心軸に食と農支える
農薬工業会会長 本田卓氏
――時代の大きな転換期のなかで、今年5月に農薬工業会の会長に就任されました。いまの状況をどのようにとらえていますか。
農薬工業会は2013年、「ビジョン2025」(JCPA VISION2025)を策定し、これまで実践してきました。その後2015年に国連で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)とも関連付けながら、農薬産業として、いかに農業に貢献するかを模索してきました。
この中で、(1)良質な農産物を生産し、豊かな緑を守っていくため、農業者が自信をもって生産し、消費者は安全・安心な食生活を楽しめる社会の実現(2)最先端の科学技術を用いた新製品・新技術を開発し、世界の食料供給に貢献する――を、農薬産業の将来のあるべき姿として掲げています。そのため、農薬の役割を広く周知するよう努めています。
国内では、人口の減少が続くなか、豊富な輸入食品で食料はあり余っています。しかし、低い食料自給率への不安から、食料自給率の向上が農政上の大きな課題になっています。
また農業従事者の減少、高齢化などの課題に直面し、生産の省力化は避けられない状況にあります。このため、少ない農業人口で産業としての農業を維持し、持続的な食料生産の維持・拡大に貢献する農薬の役割は大きくなっています。
一方、国内では改正農薬取締法の施行に伴い、全ての農薬について、定期的に最新の科学的知見に基づき安全性などを再評価する制度ができ、今年度から再評価の申請が始まります。
さらに今年5月には、有機農業の拡大などを織り込んだ「みどりの食料システム戦略」(みどり戦略)が策定されるなど、さまざまな変化が生じており、こうした変化に対応していかなくてはなりません。
――変化の一つ、政府の「みどり戦略」をどのように受け止めていますか。
「みどり戦略」は、欧米先進国とのハーモナイゼーション(協調)だと受け止めています。そうした世界の動向をわれわれはよく認識しています。農薬工業会の会員の多くを占める企業は、従来から独自の製品開発を進め、実績を積んでいます。海外でも農薬登録の実績があり、ビジネスの経験も積んできています。国内はもとより、世界の変化に対応できる実力をつけています。
「ビジョン2025」でも示していますが、われわれは世界の中の日本の農薬産業として、世界の食料生産に貢献するという立ち位置にいます。持続的な食料生産はわれわれのミッションです。そのため収量アップによって、飢餓をなくし、農業者の働きがいを保障し、農地を守り、人々の健康を維持することで、SDGsの「飢餓をなくそう」、「生きがいも経済成長も」「陸の豊かさを守ろう」「すべての人に健康と福祉を」という4つのSDGs目標に沿ったものになっています。
農業者・農薬流通のみなさんだけではなく、こうした活動全体について、消費者を含めたすべてのステークホルダーに知ってもらうため、積極的に情報発信していく必要があり、農薬工業会をあげて取り組む方針です。
――国内だけでなく、世界的な農業・食料問題を担うというのはすばらしい考えです。特に国内農薬製造企業は、気候の似ているアジアモンスーン地域では、欧米企業に比べて技術的な優位性があるように思います。そこに欧米との違いがあり、次の時代を切り開く可能性があるのではないでしょうか。
そこで食料の問題ですが、いま日本では主食用米の需給緩和で米価が下落しつつあります。一方で、昨年はコロナ禍で物流が滞り、一部で食料不足が懸念されましたが、現実は逆で過剰が続いています。長期的には不足の問題が起きるかも知れませんが、いまの需要の不足をどうみますか。
昨年の水稲作況指数は、全国が99で「平年並み」でしたが、西日本では飛来性のトビイロウンカが猛威をふるい、作況指数70台の「不良」となった地域が多くありました。ウンカの被害は珍しくありませんが、爆発的な発生は2013年以来8年ぶりでした。油断があったのかも知れませんね。
箱処理できる有効な薬剤がありますが、2020年は急な発生に十分対応できず、被害が広がりました。その反省から、今年はウンカの発生に備え、箱処理用薬剤の出荷が面積換算で、昨年より20%以上増えています。農水省や各都道府県とも情報交換を密にしながら、注意報発生に備え、製品の準備など各社とも万全の態勢で臨んでおり、今年は十分対応できると思います。
――一般の消費者は、農薬についてはもっぱら殺虫剤のイメージがあります。世界的規模で減少する農地に対して、限られた面積で収量の安定・拡大につなげているのが農薬です。このことがよく知られていないのではないでしょうか。
そこは「ビジョン2025」で、食料生産の重要性と農薬の役割について明記し、農業者や流通の関係者、一般消費者に説明するようにしています。農薬、さらには作物保護の役割を理解してもらうことは「ビジョン」の最終目標ですが、まだ道半ばです。
自然農法絡め持続性を追求
東京大学名誉教授
谷口 信和氏
――政府の「みどり戦略」は、2050年に有機農業を面積で25%にまで拡大するとしていますが、農薬業界はどのように受け止めていますか。
やはり気候変動がいま地球にとっては危機だという認識を皆さんが持っているのだと思います。一方、農薬業界では、これまでも、より高性能で環境へのリスクが低い有効成分の開発に力をいれており、その結果、化学農薬の使用量が減っています。その方向性では一致しています。
化学農薬関連では、かなり強烈な意見、批判が寄せられています。しかし、農薬工業会としては、そうした意見を無視することなく、サイエンスベースでファクト(事実)をきちんと説明するように努めています。
――有機農業に関しては、欧州の主張が国際基準になりつつあるので、それに合わさざるをえないという事情があるようですが。
みどり戦略の背景には欧州の主張が有機農業、化学農薬の国際基準に影響しているようです。農水省は、これをイノベーションによって実現すると提案しています。一方で、モンスーン気候のアジア地域では、気象条件も作物も欧州とは違うというメッセージも届いています。
――その通りですね。農水省は「みどり戦略」でも農業白書でも、アジアモンスーン地帯の特徴を踏まえた内容だと説明していますが、具体的には欧米との違いがどこにありますか。
冷涼な欧州と高温多湿のアジアでは条件が違います。当然ながら有機農業のあり方も同じではありません。農水省の「植物防疫のあり方に関する検討会」などで、有識者の意見を聞くと、同じような意見が出ています。その方向で進むよう期待しています。
農業協同組合新聞(6月20日付 ※参照)で、日本有機農業学会の会長が、有機農業の定義は、持続可能な本来の農法、自然農法であったり、減農薬栽培であったりするのも含むと述べています。われわれも現実的に農業を持続的に発展させるにはどうするのかという視点で考えています。
今後、生物農薬による防除など、イノベーションで化学農薬とは違う防除法が出てくる可能性があります。
――今後、農薬産業はどのような方向に発展しますか。
イノベーションは、周辺技術として各社とも、ドローンやGPS利用のスマート農業に使える製品の技術開発に取り組んでいます。化学農薬への抵抗性を発達させないように、適正な薬剤のローテーションなども必要と考え、啓発活動も行っています。
海外では研究が進み、実用化はまだ予測できないものの、害虫の防除でRNA(リボ核酸)農薬の利用が検討されています。イノベーションで、いまの化学農薬では防除できないウイルスやバクテリアなどによる病気を防ぐ方法もこれから研究されるでしょう。
例えば、南九州でサツマイモ基腐病が問題になりましたが、このような土壌病害を、バイオ(微生物)技術や土壌フローラを盛業することで抑えるなどです。
――その分野の技術開発に期待します。害虫や病原菌だけではなく、土壌管理や輪作体系などの栽培方法を考え、その中で農薬を使っていくことです。その意味で農薬産業の果たす役割は大きいものがあり、今後も注目していきたいと思います。
【インタビューを終えて】
たった1週間の間にカリフォルニアでの54度の熱波とドイツでの大洪水▼メルケル首相は〝ドイツ語では表現できない大惨事〟に直面し、気候変動との闘いを急がねばならないとした▼大変動の時代だからこそ"正常性のバイアス"を脱して科学的な態度で現実を直視する謙虚で真摯(しんし)な姿がそこにある▼「みどり戦略」を欧米先進国へのハーモナイゼーションとみる農薬工業会は「ビジョン2025」で食料生産の重要性と農薬の役割について明記していた▼気候変動危機に対して使用量が少なく、環境リスクの低い農薬の開発は共通目標だという▼明確な科学的な裏づけをもち、多くの人々が受容可能な農薬のあり方が求められている。(谷口信和)
※【シリーズ:みどり戦略を考える】対談:まるで欧米追随 まず「調和」理念の共有を 谷口吉光秋田県立大学教授 谷口信和東京大学名誉教授
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