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2019.07.08 
【クローズアップ 米中貿易戦争】拡張主義にいらだつ米国 利権死守へ中国 持久戦一覧へ

 米国と中国が追加関税をかけ合う貿易戦争に突入してから7月6日で1年が経過した。両国は6月末の大阪G20で首脳会談で一時休戦に合意したものの先行きは見えない。日米交渉の行方も気がかりだが、そもそもこの米中貿易戦争はどのような問題をはらんでいるのか。今回は現代中国論が専門の興梠一郎神田外語大教授に聞いた。

20190708 ヘッドライン 6月29日に大阪で行われた米中首脳会談6月29日に大阪で行われた米中首脳会談(出典:ホワイトハウスのfacebook)

 

◆欲しかったツーショット

--6月末に開催されたG20大阪で行われた米中首脳会談では、事前にアメリカが予告していた追加の関税引き上げを実施せず交渉を続けることで合意しました。これをどうみればいいでしょうか。

 まさに交渉再開という意味合いです。多くの難しい問題が残っています。
 アメリカが問題にする国有企業への補助金や技術の強制的な移転などについて、中国はアメリカが100%満足するような回答はまずできない。できるだけ譲歩しないで大統領選挙の状況をみるというのが中国の戦略です。大統領選では、これからいろいろと変化が起きると見ている。農業でいえば、アイオワなどの農家が相当に被害をこうむっていて、なんとか政府が買い取るという支援策で農家の支持をつないでいますが、今後どうなるのかという不安が強い。
 ですから、今回の米中首脳会談の直前に中国がかなりの大豆の買い注文を入れたという報道もありました。これはトランプへのお土産だといわれています。
 一方で今回、トランプはハイテク関係で一定の譲歩をしました。彼はファーウェイに対して厳しい禁輸措置を取ると言っていましたが、全面的ではなく中国側が喜ぶ材料を出してきました。それは汎用性のある、どこでも買えるような機器についてはアメリカ企業は売ってもいいということです。これまでだと半導体はもちろんグーグル利用など、いわゆるそれがないとスマホが成り立たないような部分まで売らないというのがアメリカの姿勢でした。ところがアメリカの国家安全保障には影響しないようなものはいいという話になりましたから、習近平は大喜びです。これでファーウェイが潰れることはなくなったからです。
 ただし、おそらく5Gといった次世代の通信網に関わるインフラ関係の技術は部品も含めて売らないのではないでしょうか。そこは通商担当の大統領補佐官のピーター・ナバロがそれらしい発言をしており、これからどの部分までファーウェイとの取引を許容するかはアメリカが主導権を持って精査していくでしょう。
 今回、トランプはとにかく大統領選に向けて習近平とのツーショット、金正恩とのツーショットが欲しかった。実質的にどこまで進むかはこれからで、交渉再開ということをニュースにしたかったということです。

 

◆絶対に避けたい「恥」

--米中間の交渉は今後どう動くとみていますか。

 米中の間でなかなか交渉が進まない理由は、補助金や技術の強制的な移転などについて、中国が改革できなかったときにアメリカがペナルティを課す、たとえば関税が自動的に上がるといった罰則をアメリカが文書化したがっているからです。中国はそれを主権に関わることだ拒否している。
 そんなことを文書にされたら恥になる。国民が見ることになるから政治生命にも関わる。習近平は中国側が一方的に罰せられるようなことは絶対受け入れられない。実はここがいちばん引っかかっていて、前回は最後の段階で物別れになった。だから、アメリカが妥協しない限りはこの問題はぶり返します。
 ただ、関税戦争についてはアメリカ国内でもIT企業や製造業、たとえば最近では靴メーカーなども何とかしてくれと言っています。全品目に関税をかけると相当広範囲に打撃が出るので農業も含めた経済面で当然、トランプが批判され、大統領選に向けてその批判に民主党が乗っていくということもあるでしょう。
 しかし、同時に議会は強硬で共和党も民主党も安全保障面から中国を牽制して封じ込めていくということでは一致しています。ですから、トランプが今回、ファーウェイに対して柔軟な姿勢をとったことに議会には反発もあります。
 したがって、トランプは景気のことだけ考えて対応すると、世論は中国への反発を強めていますから、中国に対して弱腰になった、という批判も出る。そのバランスが非常に難しい。
 こういうなかで中国が待っているのは、トランプがしびれを切らすことです。トランプを取り巻くブレーンたちは別にして、トランプ自身がだんだん選挙に向けて分が悪くなってあせってしまい、何か人気取りをしなければならないというとき、気づいてみると何も決まっていない。そうなるとトランプがあせって成果だけ出そうとする。それを中国は待っていると思います。今は下手に妥協しないほうがいい、と。まさに持久戦です。
 かりにトランプが再選されて2期目になったとしても任期があるから待っていれば辞めます。あるいは関税戦争に持ち込んで中国にダメージを与えるということについてアメリカでは財界も含めて批判が強い。もしバイデンなどが大統領になれば関税戦争を止めてしまうかもしれません。大統領が変われば、対中強硬派のブレーンも変わる。選挙でいくらでも変わりますから、中国はがまんしたほうが勝つと考えているわけです。

 

◆一党独裁に危機感

--米中の貿易戦争は両国による覇権争いだと言われます。本質はどこにあるのでしょうか。

 覇権争いというとどっちもどっちだみたいな印象もありますが、それを超えたものがあります。アメリカがいつも言うのは自分たちの守らなければいけない価値、民主主義、政治的自由、自由貿易など、これが脅かされるということです。一党独裁体制の国が世界を支配してしまうととんでもないことになるという危機感があります。
 しかも、習近平政権になって余計にそうなっています。南シナ海の人工島も習近平になってからアメリカとの約束を反故にしてかなり拡張しましたし、一帯一路構想、中国の夢などのスローガンも拡張主義で海外に出て力を見せつけるというものです。
 アメリカとしては今のうちに封じ込めておかないとまずい。政治も軍事も握られてしまう。そうなったときにどういう世界ができ上がるかを考えている。中国のシステムが支配する世界がいいのか、アメリカのシステムが支配する世界がいいのかを考えるべきだということです。5Gでファーウェイを採用するなと言われたときに、オーストラリアなどはアメリカ側に立った。ヨーロッパはまだ揺れていますが。どちらの価値観、社会体制、政治体制を選ぶか、そこが問われており、これはずっと続きます。
 ただ、ソ連との冷戦時代と違うのは中国とはアメリカも経済は一体化していることです。アメリカの企業も中国に進出し儲けている。制裁をするということは自分を制裁することになってしまう。そこは悩ましい。
 もちろん中国のほうが経済力が弱いのでダメージは大きいですが、国民に我慢させてがんばっていく。

 

◆一族支配の国有企業

--それは可能なのでしょうか。

 習近平政権の治安維持にかける力は大変なものです。香港のような大規模なデモが起きるようなことがないようインターネットもがちがちに監視して少しでも芽が出たら摘んでいく。
 ただし、習近平に対する反発が強まっていって、政権内部が分裂していくということはありえると思います。または彼が本気になって意地を張ってアメリカと対決することでどんどん経済が悪くなっていけば民衆の不満も高まっていく。そういう民衆の不満と政権内部の対抗勢力がつながったときには何が起きるか分かりませんが、社会に対する締め付けを厳しくし、それでじっと堪えてアメリカの変化を待つ。それしかオプションはないと思います。
 なぜなら中国は改革をしたくないから。自由主義経済にしてしまうとまず経済をコントロールできなくなるという恐怖感が彼らにはあります。自分たちは国有企業という組織で独占しているほうが儲かる。
 国有企業といっても日本のような国有のイメージではありません。第一段階は中国共産党の企業、第二段階は共産党の誰それさんの一族が取仕切っている企業、です。
 国有企業といっても共産党のもので国民不在ですし、財務諸表も公開しなかったりします。経営陣がどれだけ給料をもらっているかも分からない。極めて前近代的なシステムで中立的な官僚がいて彼らが国家のために運営しているんじゃない。一族の支配です。
 いわゆるクローニー・キャピタリズム(縁故資本主義)に近い。しかし、それを守ろうと真剣です。自由主義経済で競争になったら負けるのは分かっているからです。アメリカはそれを変えようとしている。別の見方をすれば長年、中国は鳴りを潜めてアメリカを刺激しなかった。その意味では習近平という人が全部ばらしてしまったともいえます。だから、あいつが全部ばらした、という中国内の反感もある。相当に複雑な要因が絡んでいます。

 

20190708 ヘッドライン 興梠一郎神田外語大教授(こうろぎ・いちろう)1959年生まれ。大分県出身。九州大学経済学部卒業後、三菱商事中国チーム勤務。カリフォルニア大学バークレー校修士課程修了、東京外国語大学大学院修士課程修了。外務省専門調査員(香港総領事館)、専門分析員など歴任。神田外語大学教授。

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