農業予算倍増公約も新大統領による韓国農政は難航か フリーライター・森静2022年3月23日
韓国の第20代大統領選挙が終わってから半月。次期大統領の尹錫悦氏(ユン・ソクヨル、61歳)は、5月10日の就任に向けて、大統領府の青瓦台から執務室や公邸を移転することを明言し、本格的な政権運営に乗り出した。農業では予算の倍増公約なども明示。しかし、政権運営に否定的な見方が少なくなく、難航が続きそうだ。フリーライターの森静氏がレポートする。
史上、最も僅差で当選
次期大統領の尹錫悦氏
韓国では3月9日、第20代大統領選挙を行った。前検事総長の尹氏は保守系最大野党「国民の力」の候補として出馬し、革新系与党「共に民主党」候補の李在明前京畿道知事(イ・ゼミョン、57歳)との異例の大接戦を制して、次期大統領に選ばれた。保守政権の交代は5年ぶりで任期は5年。
中央選挙管理委員会の選挙結果によると、得票率は尹氏が48.56%、李氏が47.83%で、0.73ポイントの僅差で当選した。1987年の民主化以降、政治経験のない大統領候補者が当選したのは初めて。投票率は前回並みの77.1%だった。
選挙は2月3日、日本のNHKにあたるKBS(韓国放送公社)などメディアで、尹氏、李氏に加え、正義党候補の沈相奵(シム・サンジョン、63歳)、国民の党候補の安哲秀(アン・チョルス、60歳)の4人候補による政策に関する公開討論から本格化した。現地メディアによると、尹氏が李氏をわずかにリードした。その中で安氏は、政権交代を目指し尹氏との候補の一本化を提案した。しかし、意見が折り合わず、誰もがこの4人で選挙の最終版を迎えるのかと思っていた。
事態が変わったのは3月3日。4人候補による最終討論会の翌日、事前投票が開始する4日の前日に尹氏と安氏は、大統領候補の一本化を電撃的に宣言した。尹氏は、「本日の一本化宣言で完璧な政権交代が実現できると確信する」と明言した。選挙結果も確かに尹氏の予想通り当選した。しかし、投票数では約25万票の開きしかない。
一方、李氏は、野党候補の一本化に対し「地位を分割するための野党の結合だ」と強く批判した。沈氏も「多党制を作っていく中の(安氏と)バートナーとして支えあいたかったが、結局一本化にしてしまった」と残念がった。80万票の投票を得て3位を維持した沈氏の出方次第で選挙は大きく変わったかもしれない。
厳しい国政運営予想
選挙が接戦で終わっているだけに厳しい国政運営がスタートしそうだ。韓国調査会社のリアルメーターの3月第2週(10日、11日)の世論調査によると、次期大統領当選者に対する国政運営について、52.7%が肯定的で、41.2%が否定的に見ている。2017年の第19代大統領候補の文在寅氏(ムン・ジェイン)の肯定(81.6%)、否定(10.1%)と大幅な開きがあり、政権運営の難しさがうかがえる。
年齢別にみると、60代以上は、7割以上が次期大統領の政権運営を肯定的だが、30代~50代は、いずれも否定的な見方が肯定な見方より高い。特に、最も働き盛りの40代は、3割が肯定的で6割が否定的だ。雇用不安などが背景にあるとみられる。
もう一つ、政府とねじれ国会の課題がある。韓国国会には、300議席の議員がいる。今期の任期は、2020年5月30日~2024年5月29日まで。その中で、与党の「共に民主党」の議員が172議席あり、単独で過半数を超えている。次期大統領が所属する野党「国民の力」は、110議席で、安氏が所属する「国民の党」の議員3議席を合わせても過半数にならない。
そのため、政権運営が正常に軌道に乗るのは、ねじれ現象が終わる2年後になる可能性がある。ただ、尹氏は、「国民を二分することなく」「統合と繁栄の時代を開く」と抱負を語り、どれだけねじれ国会の壁を乗り越えるかが問われる。
次期大統領の農業政策
次期大統領の農業ビジョンをみると、「農業者の安定的な所得と幸せな暮らし、消費者には安全な食べ物を提供し、国民に癒しの場を提供し、若者が韓国農業から夢と希望を見つけられるようにし、豊かな農民、未来のある農村をつくる」こととある。しかし、農業界からは、「極端的な成長主義者で、その幸福は、『まだ幸せになっていない』人のためではなく、企業主など富裕層のための幸福だ」と批判する声もある。
農業政策においては、大統領直属諮問機関の「農漁民・農漁村特別委員会」の前委員長で、忠南大学校の朴珍道名誉教授らがまとめた提言書と比較しながら探る(表参照)。それに先立ち、同提言書の作成過程を簡単に説明したい。
朴教授らは2021年10月26日、「国民総幸福と農山漁村開闢大行進」を全羅南道海南市で始めた。「農民の幸せなしに、国民の幸せなし」をスローガンに、農業専門家や哲学者、俳優、消費者などが参加し、全国各地を行進しながら三農問題(農業・農村・農民)の重要性を訴える同時に現地農民や住民の意見・要望を集めた。12月15日の江原道春川市を終着点に全国8道18の市郡を巡回した。
そして今年1月19日、ソウルで集会を開き、農政大転換の方向性を盛り込んだ提言書をまとめ、各大統領候補に伝えた。提言書には、韓国が直面している気候危機、食べ物危機、地域危機を踏まえた3大綱領と、公益直接支払拡大、食べ物基本法制定、持続可能な農漁業実現、農漁村住民手当支給、農漁村住民幸福軒保障、農漁村住民自治実現などの6大方略が盛り込まれている。
また、各大統領候補が公表した農政公約をもって2月16日、「国民総幸福のための農政大転換の実現―第20代大統領候補の農政公約検証・評価討論会」(検証・評価討論会)を開いた。上記の3大綱領6大方略に照らし合わせ、各候補者の対応戦略を検証・評価した。
例えば、農業における公益直接支払い予算。次期大統領は、公約で現在の予算2兆4000億ウォン(2400億円)を倍の5兆ウォン(5000億円)に拡大すると明言。その中で、引退直接支払い、若者農業者直接支払い、食料安保直接支払い、カーボンニュートラル直接支払い、条件不利地域の直接支払いなどを支給するとした。
これに対し、提言書では、現在の2兆4000億ウォン(2400億円)を8兆ウォン(8000億円)拡大することを求めた。親環境農林畜産、農業環境・景観保全、在来農業、伝統農業、生物多様性農業、都農共同体農業などに対する直接支払いを強化するのが狙い。検証・評価討論会では、選挙公約に対し「予算拡大は一定程度評価するが、本気度が足りない」と指摘した。
また、提言書では、消滅可能性の高い地域危機に対応するため、農村に住む人ならだれでも、農村住民手当として毎月30万ウオン(3万円)を受け取るよう提案。政府が食べ物総合戦略の構築や食べ物基本法の制定、遺伝子組み換え(GM)表示の強化も提案した。しかし、これらに関して次期大統領は言及していない。
朴教授は、次期大統領の公約について「三農問題に対する反省がなく、ただリップサービスで終わる可能性がある」と指摘する。
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