【クローズアップ・賃上げ問題】主要国で最低賃金の日本 前向きな賃上げ必須(2)経済ジャーナリスト・浅野純次氏2024年2月8日
今年の春闘の着地点は全体を見るとまだ不透明だ。そこで経済に詳しい元東洋経済新報社社長で経済ジャーナリストの浅野純次氏に「賃金をめぐる五つの論点」として賃上げ問題について解説してもらった。
【クローズアップ・賃上げ問題】主要国で最低賃金の日本 前向きな賃上げ必須(1)経済ジャーナリスト・浅野純次氏 から
経済ジャーナリスト
浅野純次氏
3.縮まらぬ賃金格差
その背景には日本に特有な賃金格差もあった。世界に例を見ないほど多様で多数の中小企業の存在がまずあげられる。日本の被雇用者の7割は中小企業に勤め、法人企業統計調査によると中小企業の賃金は大企業の4割から6割でしかない。
ただ労働分配率(付加価値に占める賃金の割合)は中小企業のほうが高いので、中小企業経営者は厳しい中で懸命に賃金を捻出してきたことがうかがえる。中小企業を減らせば平均賃金は上がるという見方もあるが、中小企業は日本経済を支える重要な基盤でもあり、むしろ体質強化が求められている。何より大企業の発注価格改善による収益力の向上が先決であろう。
賃金格差は、ほかに産業別、男女別、雇用形態別でも目立っているが、ここでは非正規雇用(パートタイマーを含む)で際立っている格差に触れておこう。小泉改革の頃から急激に増え始めた非正規雇用は現在2000万人を超え、被雇用者の3人に1人を占めている。この比率は尋常ではない。非正規の時間当たり賃金を見ると、若年層では正規とでは1~2割の差だが、中高年になると10対6へと差は広がる。
中高年におけるこの格差は正規労働者の賃金が年功序列型であるためだが、福利厚生の差(健保や年金など)や退職金を考えるとこの差はもっと大きくなる。だからこそ企業は非正規を増やしてきたわけだが、これが正規の賃金引き上げにブレーキをかけていることは否みがたい。非正規の広がりにどう歯止めをどうかけるか、全国民的に考えていく必要があるだろう。
4.労働需給、物価 そして円安
労働需給がひっ迫すれば賃金は上昇するはずだが、日本は世界的に見ても低い失業率(2・5%)と高い有効求人倍率が続く割に、賃金が上がらない。そこには不自然な人為が働いていると考えざるをえない(後述)。
長く物価が上がらなかったため国民が賃金にあまり関心を持たなかったという側面はある。円安による一昨年来の物価高騰でやっと賃上げ機運が高まったわけだが、2年間の賃上げは十分なものとはいえない。昨年の賃上げ率は連合調べで3・5%(定昇含む)と、年平均物価上昇率(生鮮食料品を除く)の3・2%を上回った。その限り実質賃金は0・3%上がったことになるが、事はそれほど単純ではない。
一つは定昇のない労働者の実質賃金が低下していることであり、もう一点は、連合は大企業中心のため中小企業では3・5%などという賃上げは果たされていないことである。
賃金と円安も重要なテーマだ。第1に円安による輸入物価の上昇がある。上昇率では円安が止まればその場限りの一過性の話で終わりかねないが、今の円安が定着すれば高物価を受け入れ続けなければならない。第2に円安は国際的にみた賃金の安売りであり輸出企業は笑いが止まらないが、マクロ的には見逃せない問題点である。少なくとも輸出依存度の高い企業から率先して大幅賃上げを行うべきであろう。
5.どうしたら賃金は上がるか
賃金を上げるには、粗利益の中からより多くの人件費を捻出する必要があるが、その場合、①粗利益を大きくする②粗利益が拡大しなければ労働分配率を高める、のいずれかが考えられる。
筆者の意見は両方の組み合わせである。労働分配率はすでに高い、という見方もあるが、大企業は世界水準からみてもすでに十分な内部留保つまり蓄積を達成していて、中期的に分配率を高めることは可能だし必要と考える。これまで経営者の多くが、非正規雇用の拡大も含め人件費コストの削減という後ろ向きの経営に専心してきたことは、個々の企業の株価を上げることにはプラスしたかもしれないが、マクロ的に低賃金が国内消費の低迷を生んで企業の首を絞めた。ここには長期的視点を欠いた「合成の誤謬(ごびゅう)」が存在したことを注視すべきである。
では①をどう実現するか。賃金を前向きに考えることである。リスキリング(新たな業務に必要な職業能力の習得)などの社員教育を充実させるとともに、最先端の技術開発と設備投資を躊躇(ちゅうちょ)せず行い、高い賃金を用意して良質の従業員を確保し、付加価値を高める経営を進めることだ。そのようにして新たな市場を開拓し、粗利益を拡大していくこと。そのような前向きの賃金政策が求められている。
このままの低賃金では海外からも優秀な人材は入ってこないし、逆に人材流出が続いて日本はじり貧になっていかざるをえない。発想をこれまでの悪循環から好循環に切り替えることが求められている。その一つの出発点が賃金にある。このことはいくら強調しても強調しすぎることはないだろう。
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