農政 シリーズ詳細

シリーズ:時論的随想 ―21世紀の農政にもの申す

【梶井 功 / 東京農工大学名誉教授】

2015.03.17 
(94)自らの歴史をふまえて議論を ―「監査」と「准組問題」―一覧へ

・ごまかしは許されない
・70年大会の宿題返す時
・自治監査の歴史と意義

 ″中央会はJAを制約 農水省本紙を使い説明 モニターの声、農協にすり替え″という見出しをつけた2・21付日本農業新聞の記事を見て、いささか唖然とし、かつ情けなくなった。こういう記事である。

◆ごまかしは許されない

 民主党農政改革研究会が農協改革に関する農水省への質問で、″連合会や中央会が単位JAの経営を制約している具体例を10程度挙げるよう求めた″のに対し、″同省は20日の同研究会で議員らに回答文書を配布。「日本農業新聞のアンケートによると」と前書きし、「26%の農協が、中央会があることによって、独自の工夫をして農業を振興することが難しくなっていると承知している」と説明した″というのである。
 が、同紙の説明によると、26%という数字は昨年行った同紙「読者モニター調査」の″中央会があることでJAが独自の工夫で農業を振興することが難しくなっているかどうか″に対して「そう思う」と答えた者が全回答者に占める割合であり、アンケート対象者は「農協」ではなかった。同紙は″全国のJA組合長を対象に同様のアンケートを行い、今年1月29日1面トップで「組合長95%が否定」と報じたのに、95%は無視し″農協の回答ではない26%を公党の質問への答えとしたのである。これが役人のすることだろうか。
 「″情報操作″ととられかねない説明」と同紙は伝えていたが、このことについて農水省が釈明したという話はまだ聞いていない。民主党の先生方ももっと怒って、こういう誤魔化しは許されないと詰問すべきだ。

 

◆70年大会の宿題返す時

 2月9日に政府・自民党、JA全中が合意したという「農協改革の骨格」の内容については、2月20日の本紙も概要を載せているので本欄で述べる必要はないだろう。准組合員問題と全中問題についてだけふれておきたい。
 准組合員問題は″5年間で組合員及び准組合員の利用実態並びに農協改革の実行状況の調査を行い、慎重に決定する″ということで先延ばしになったが、決着を迫られるのはそう遠くないであろう。JA自身がこの問題に結論を出していく必要があるが、実をいうとこの問題はJA全中自体が1970年から提起していたのに結論を出さないできた問題であることを、この際反省すべきだろう。1970年の全国農協大会で決定された生活活動強化の基本課題にはこう書いてあった。

 ″経済の高度成長に伴い組合員の異質化・多様化が進み、生活内容が高度化する、反面では激しい経済社会の変化により生活上の不安が増大するなかで、農協運動は生活基本構想の課題と対策に即して体制を整備し生活活動を強化し組合員の生活を守り向上させること。また、協同の輪を地域住民に広げ、ともに経済的利益と生活の便宜を得る新しい地域社会の建設に取り組むこと。″

 ″協同の輪を地域住民に広げ″ることは、当然に准組合員制度のあり方―共益権のあり方―を問題にさせる。その検討を進めるべきことを大会は同時に決議していたのである。その時以来の宿題だということを各JAとも反省し、結論を出すべきだろう。

 

◆自治監査の歴史と意義

 全中問題の焦点は、全中の農協法上の位置づけと監査問題だが、全中は農協法上の組織から外して一般社団法人に2019年3月までに移行させ、″内部組織である全国監査機構を外出しし、公認会計士法に基づく監査法人を新設、農協は新設された監査法人、または他の監査法人の監査を受けることになる(2・20付本紙)。
 ″外出し″した監査機構が有効に機能するのかどうか、が懸念されたのであろうが、″自民党農林幹部は、農協改革の骨格に「農協が負担を増やさずに確実に会計監査を受けられるように配慮」と盛り込み、移行期間中にJAに一般の監査法人の監査を受けさせるモデル事業も行う考え。「できなかったら再考も検討する」(同党農林幹部)との狙いだ″という(2・12付日本農業新聞)。
 会計監査とともに業務監査も行ってきた農協の監査システムは、全中組織を法認した1954年農協法改正で始まったのではない。そう誤解している向きもあるので、ちょっと紹介しておこう。
 そもそもの始まりは、1908年の第4回産業組合大会に″所属組合の指導及び監査に任ずる″連合会設置の必要を産組中央会が提起したときからである。その後も各大会で論議され、1923年に産組中央会に監査部が設置され、自治監査の第一歩が踏み出された。が、その事業は表彰組合及び表彰候補組合の監査にとどまり一般組合の監査にまでは至らなかったのだが、その必要がいつも論議されてきた。その論議がようやく実を結んだのが1938年であり、この年産業組合自治監査法が成立する。
 産業組合自治監査法は、1943年農業団体自治監査法となり、戦後1943年農業協同組合自治監査法と名称を変えつつ機能してきたのだが、1949年、GHQの方針もあり廃止となった。それが1954年にいわば復活したのである。
 ″外出し″するに当たって、こうした歴史が全中監査にあることくらいは論議してほしかったところだが、これからの立法過程でもこのことを振り返ってもらい″外出し″でいいのか議論すべきだろう。

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