農政:世界の農業は今
【第2回イギリス】EU離脱 共通農業政策に影響も2016年7月26日
EUの重要な構成国であるイギリスが、今年6月に行われた国民投票でEU離脱を決定した。イギリスがEUを離脱するとEUの共通農業政策やFTA交渉に影響を与えることになるが、これまでのイギリスの貿易政策や農業の歴史を振り返るとともに、今回のEU離脱の意味と今後の見通しについて考えてみたい。
◆世界で最初の市民革命と産業革命
イギリスは日本と同じ島国であり、かつてケルト人が住んでいた地に大陸部から人が移り住み、ローマ帝国の辺境の地として大陸ヨーロッパとは異なる言語や文化を育んできた。そのイギリスが世界的に大きな影響力を持つようになったのは市民革命と産業革命によってであり、イギリスは市民革命によって世界で最初に議会を設置し、産業革命によって工業化を進め世界各地に進出した。
◆自由貿易主義と穀物法廃止
イギリスにおいて資本主義が形成される過程で囲い込み(エンクロージャー)が行われ、農村部から都市部に人口が流出するとともに、農業経営の規模拡大が進んだ。また、アダム・スミスやリカードらにより自由貿易が唱えられ、大陸からの穀物輸入を防ぐため制定された穀物法は1846年に廃止された。穀物法廃止直後は人口増加と所得上昇によりイギリス農業は逆に発展したが、新大陸の農業開発に伴う穀物輸入の増大によってイギリス農業は1870年代以降大不況に見舞われ、穀物自給率は大きく低下し、両大戦時には食料不足に直面した。
◆戦後復興とEFTA結成
ヨーロッパは二度の大戦で戦場となって疲弊し、第二次大戦後は米国の援助(マーシャルプラン)によって復興を進めた。悲惨な戦争に対する反省から世界的には国際連合やIMF、世界銀行、GATTが創設されたが、欧州でも地域統合が進められ、1957年にローマ条約が締結され、フランス、西ドイツ、イタリアとベネルクス3国の計6か国によるEEC(欧州経済共同体)が発足した。しかし、イギリスは、チャーチルとドゴールの対立もあってEECには参加せず、60年にスイスや北欧諸国等とともにEFTA(欧州自由貿易協定)を結成した。
なお、ECは67年に、域内農業の安定化と発展を目的に共通関税(可変課徴金)と価格支持(介入買入)を柱とする共通農業政策を導入した。
◆イギリスのEC加盟と穀物増産
そのイギリスも73年にはECに加盟し、共通農業政策による価格支持を受けることになり、イギリスの小麦生産量は70年の424万トンから90年には3.3倍の1403万トンに増加し、イギリスは小麦の輸出国になった(図1、2)。また、それまでイギリスが行っていた条件不利地対策や農村環境保全政策がEC全体の政策として採り入られた。
しかし、価格支持による農業生産増大は過剰在庫と財政負担増をもたらし、ECの補助金付き輸出は米国などの他の輸出国から批判され、92年に価格支持水準引き下げと直接支払い導入を柱とするCAP改革(マクシャリー改革)が行われた。
◆他国にも不満と火だね
EUはイギリス加盟の後、スペイン、スウェーデン等が加盟して95年に15ヶ国になり、さらにベルリンの壁崩壊(89年)とソ連解体(91年)以降、中東欧諸国の加盟が続き、現在では加盟国は28ヶ国に広がっている。一方、EUは92年のマーストリヒト条約によって統合を深化させ、98年に欧州中央銀行がフランクフルトに設立され、99年には共通通貨ユーロが導入された。
しかし、経済水準が異なる国が参加すると政策の調整が難しくなり、イギリス国民はEUの財政負担を重く感じるようになった。また、中東欧から労働者が流入しイギリス人の雇用を奪っていることもEU離脱を選択した大きな原因となった。イギリスはかつて大英帝国として君臨し、第二次大戦後も「英連邦」の枠組みを維持しており、ブリュッセルのEU官僚が政策決定を行っている状況に対する反発もあったといえよう。
◆複雑化する通商協定
今後行われるイギリスとEUからの離脱交渉では関税の扱いが一つの焦点になるが、スイスがEUと結んでいるFTAのように、イギリスとEUの間で何らかの協定が締結される見込みである。また、現在EUは日本や米国とFTA交渉を行っているが、今回の事態でFTA交渉は難しさが増すだろうし、イギリスとの間で個別にFTAを結ぶことも必要になろう。さらに、イギリスが離脱するとEUの財源は減少し、共通農業政策にも影響が出るし、政策決定過程でイギリスが抜けることの影響もある。
今後イギリスに追随して離脱する国が出てくると状況はさらに複雑化し、経済統合のモデルであったEUにおける今回の事態は世界の地域主義的な傾向に再検討を迫る契機になるだろう。EUは、ギリシャの債務危機問題に加え、イスラム諸国との関係やウクライナ問題など周辺地域に火種を抱えており、欧州は新たな困難な課題に直面している。
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