農政:ゲノム編集って何?可能性と課題を考える
ゲノム編集食品 「届け出」で栽培・販売可能に 高栄養トマト 実用化へ準備2019年4月22日
狙った遺伝子を効率よく改変させるゲノム編集技術を使って開発された食品の一部について、厚生労働省は3月に従来の育種による品種改良と同じだとして、遺伝子組み換え食品のような安全審査を必要とせず、開発者が国に必要な情報を「届け出」すれば食品として販売できる方針を決めた。ゲノム編集技術は従来の品種改良より短期間で、消費者・生産者にとって、より有用な品種が開発できると期待されているが、一方で安全性や消費者・生産者が自ら選択する表示制度などをめぐる議論などが不足したまま実用化へ向かっているとの心配の声も多い。今回はわが国での農産物育種とゲノム編集技術についてこれまでの経過と今後の課題を整理してみた。
開発中の高GABAトマト
◆一部は規制の対象外
ゲノムとは「生命の設計図」であり、生物がその生物であるために最低限必要な遺伝情報の一式である。遺伝情報はDNAのなかに塩基(アデニン=A、グアニン=G、チミン=T、シトシン=C)の配列というかたちで収まっている。
ゲノム編集は人工的に作成したDNA切断酵素等を使って、この塩基配列を改変する技術である。その技術は大きく3つに分類される(図)。
1番目は標的とする塩基配列を切断するだけの技術である(SDNー1)。切断部分が修復する際に元通りに戻らず、ある塩基が欠落したかたちで修復されたり、別の塩基配列に入れ替わってしまうなどの修復エラーを誘導する技術である。これはいわばハサミで切るだけの技術といえる。
2番目はハサミとともに、標的とする塩基配列の一部を変異させた外来のDNA断片を利用する技術である(SDN―2)。これはハサミで切断した後の修復の際に、外来のDNA断片を用いて、塩基配列に期待する変異が起きるよう誘導するものである。外来のDNA断片は、1から数塩基である。
そして3番目が切断部分に外来の有用なDNA断片を導入する技術である(SDN―3)。
このようなゲノム編集技術の規制やそれを利用した食品などの扱いについて政府は昨年6月に今年3月末までに結論を得ることを閣議決定し、昨年夏から「栽培」面と「食品」面から検討してきた。
「栽培」では環境省によるカルタヘナ法の観点から検討された。カルタヘナ法とは日本国内で遺伝子組み換え生物の使用等を規制し、生物多様性に影響しないかを審査することなどを定めている。同法で遺伝子組み換え生物とは外来の「核酸」(DNA(デオキシリボ核酸)など)が導入されているかどうかで定義している。
その定義に照らし環境省の専門委員会は前述した3つのゲノム編集技術のうち、外来の核酸を導入しているSDN―2、SDN―3は遺伝子組み換え技術と同じであるとして規制の対象とし、栽培するには環境影響評価を必要とした。
そのうえで、SDN―1はDNAを切断するだけの技術であり外来の核酸を導入しないため、専門委員会は規制の対象外とした。
◆品種改良の1つ
一方、「食品」としての安全性については厚労省が食品衛生法上の扱いを検討してきた。
その結果は、SDN―3については遺伝子組み換え食品と同様に食品安全評価を受ける規制対象としたが、SDN―1とSDN―2は規制の対象外とした。SDN―2は外来の短いDNA断片を導入するものの、食品としては、従来の品種改良で得られた変異と区別がつかないとして遺伝子組み換え食品ではないと判断した。「栽培」する場合はSDN―2は規制対象となるが、「食品」としては規制対象外となったということになる。
このように環境省と厚労省はゲノム編集の一部の技術について規制対象外としたが、開発者は農水省(栽培する場合)と厚労省に、使用した技術の内容や、DNAの変化に関する情報、環境や人の健康に影響を及ぼすことがないかなど数項目について情報を届け出ることが求められた。ただし義務化はされていない。 この問題の検討過程や規制のあり方などをめぐる議論はあらためて取り上げることにして、今回はゲノム編集による育種の現状と3月末に扱いが決まったことによる今後の動向について整理しておきたい。
筑波大学・つくば機能植物イノベーション研究センター長の江面浩教授は、ゲノム編集技術のうち切断酵素でDNAを切断し修復の際の変異を誘導する技術(SDN―1)は、化学薬剤や放射線などを利用して変異を誘導する従来の技術と変わらない育種法のひとつだと話す(上の表)。
品種改良は自然に現れた突然変異や、化学薬剤や放射線処理などによって変異を起こさせ、そこから有用な変異を選び出してより優良な品種を育てていく。低アミロース米の「ミルキークイーン」もコシヒカリへの薬剤処理で突然変異を誘導した品種であり、「ゴールド二十世紀なし」は、二十世紀なしにガンマ線照射で突然変異を誘導した。こうした方法とDNA切断酵素を利用する方法は、育種の技術としての位置づけは同じだという。
ゲノム編集技術は20年以上前に開発されたが、2012年に狙った場所を高い精度で改変でき、研究者・技術者が広く利用できるクリスパー・キャス・ナイン(CRISPER/cas9)と呼ばれるハサミが開発されたことから急速に世界中に広まった。
◆GMと何が違うのか
従来の育種方法でも私たちは優良な品種を手にしてきた。しかし、品種登録までにミルキークイーンは13年、ゴールド二十世紀なしは約30年かかっている。
一方、イネゲノムの全情報が解読されたなどのニュースがこの間、相次いだように生物のゲノム情報の解読が進み、どの遺伝子をターゲットにすれば品種改良につなげられるかも明らかになってきた。(5面に関連記事)こうした研究の進展も背景に、ゲノム編集による品種改良も実用化が見えたきた。
江面教授はゲノム編集について「生物がもともと持っている遺伝情報のうち、特定の塩基配列を目的に合わせて確実に変更することで特定の機能を強化したり、停止させたり技術」とする。
野生種の小さなトマトも私たちが今食べている品種改良されたさまざまなトマトも、遺伝情報の数は約3万5000個で変わらないが、人類はこれまで、様々な手法を用いてトマトの遺伝情報を変異させ、変異したトマトの中から、果実サイズの大きなトマトや糖度の高いトマトを選抜してきた。
これを自動車の性能の進化に例えると1950年代と2000年代では性能は大きく違う。しかし、4輪であることをはじめ、エンジン、ブレーキ、ギアなど基本的な部品は同じだ。しかし、出せるスピードをはじめ性能は大きく違う。それは部品の性能が上がったから。野生のトマトと品種改良されたトマトもこれに当てはまる。
「車のモデルチェンジをしていくように食べ慣れている品種を変えていける技術」だという。
◆収量・栄養素など改良
筑波大学・つくば機能植物イノベーション研究センター長 江面浩教授
江面教授がゲノム編集で開発したのが高GABA(ギャバ)トマトである。アミノ酸の一種、ギャバには血圧上昇抑制やストレス緩和効果があるとされるが、このギャバを元品種の4~5倍蓄積する品種を開発した。ギャバの合成酵素にかかわる塩基配列のうち、酵素活性を抑制する塩基配列をゲノム編集で切断し、その機能を停止させたところ、トマト果実へのギャバの蓄積が高まった。栽培方法や収量は変わらずギャバが高蓄積したトマトができる。このギャバを高蓄積したミニトマトを1日数個食べるだけで、血圧の抑制効果が期待できるといい、軽症の高血圧や高血圧症予備軍に対して食による健康維持に貢献できると期待する。
現在、関係機関への届け出のためにこのトマトの交配と栽培を進めながらさまざまなデータを採取している。夏から秋にかけて試験栽培を始めて種子を確保、関係機関から届け出が認められば来年にも本格栽培する見込みだという。
このほかゲノム編集によって品種改良された農産物には多収イネ、穂発芽耐性コムギ、芽に毒のないジャガイモなどがあり実用化に向けた研究が引き続き進む。また、農水省は今年度から5年間でゲノム編集作物を開発する「次世代バイオ農業創造プロジェクト」を始める。
江面教授は「環境が変わるなかで安定した食料生産をするには品種改良を継続する必要がある。品種改良とは変異の蓄積。ゲノム編集はその技術のひとつ。食べ慣れた品種をピンポイントで短期間で改良できるだけでなく、地域の食文化の維持にも貢献する」と話す。
(関連記事)
・意図しない変異も 安全性の検証議論不足 実用化に国の規制必要(19.05.09)
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