農政:薄井寛・20大統領選と米国農業
再選の戦略的な具となる食料配布―農家の期待は次の「第5弾」へ【薄井寛・20大統領選と米国農業】第3回2020年5月26日
米国では第1弾から第4弾の新型コロナ経済刺激策が次々と打ち出され、5月中旬には1億3000万人以上の国民へ現金が給付された(子供2人の4人家族で最大3400ドル、約36万円)。雇用保険加入の失業者には、失業給付(全米平均で週約385ドル)に加え一律週600ドルが7月末まで支給される。
◆大規模農家有利の救済策
コロナ禍の被害農家への措置は、(1)160億ドル(約1兆7000億円)の直接救済金、(2)国内食料援助用の農産物買上資金の30億ドル(約3200億円)、(3)従業員500人以下の農場への低利融資、および(4)兼業農家の家族で、企業等から解雇された者への追加の失業給付金だ(表参照)。
穀物などの生産者に対する救済金の支給基準は、(1)1月15日から4月15日の間に需要減や供給網の混乱等で販売額を5%以上減らした農家が対象、(2)救済金は19年生産量の50%または20年1月15日現在の在庫量のいずれか少ない方の半分に支給レートを掛けて算出(大豆のレートはブッシェル当たり0.95ドル、トウモロコシは0.67ドル。年初からの価格下落分にほぼ相当)、(3)支給額の上限は農家が25万ドル(約2700万円)、農業法人が75万ドル、(4)申請は5月26日から8月28日、支給は受付けから1週間以内というものだ。
こうした基準にはいくつか問題がある。第一は、支給額上限が米中貿易戦争の19年救済金(農家25万ドル、農業法人50万ドル)より引き上げられ、企業農場の有利性が増した点。また、救済金の算定は「19年生産量の50%の半分」が基礎となり、需要回復の遅れ等を危惧する農家には収入減の一部のみ補填に不満が残る。それに、救済金は「申請額の80%」、残り20%は「160億ドルの予算が余れば支給する」との条件付きだ。
これでは農家が納得できない。次の「第5弾」の追加措置に期待を膨らませるのは当然だ。そのため、民主党主導の下院が5月15日、3兆ドル(約320兆円)にも上る「第5弾」の救済法案を可決した以降、多くの農業団体が救済施策の強化を求め議会への圧力をかける。そこでの最大の争点は、農家救済金の大幅追加と、第4弾までの対象から外れた経営危機のエタノール生産工場(前号参照)に対する支援措置の新設になると伝えられる。
◆「フード・ボックス」の大規模配布
それでも、こうした農業団体の動きにメディアは関心を示さない。農務省による全国規模の食料配給に焦点が当てられているからだ。「農家から家族へのフード・ボックス計画」と名付けられた食料援助。農務省が数百の流通企業等と契約し、全米各地の農家や食品会社から余った農畜産物、牛乳、果汁、缶詰等を買い集めてフードバンクや慈善団体へ供給。これらの団体が全米各都市の公園の駐車場などを使って困窮市民へ食料を無料で配る。総予算は第3弾で措置された30億ドルだ。5月15日から6月30日の第一次キャンペーンへこのうちの12億ドル(約1300億円)を一気に投入。未曾有の大規模な食料配布が今展開されている。
食料を求める車の列が3キロを超え、一日の配布が3000箱に達するケースも珍しくないそうだ。大型トラック36台分、通常の1年分を20日間で配布しようとする慈善団体もある。また、スマホなどで予約した市民へ渡される「食料の箱」の中身は、「10食分、15キロ以上の食材」や「4人家族3日分の食料と食材」など、さまざまだ。
200以上のフードバンクを運営するNGOのフィーディング・アメリカによると、食料援助を必要とする市民は全米で3700万人(人口の12%)、その数は増え続けている。
低所得層は野党民主党の支持基盤だとして、トランプ大統領は食料支援に消極的であった。このため、農務省の補助的栄養支援計画(SNAP、旧フードスタンプ)の予算は大幅減。受給者は17年1月の4270万人から20年2月の3680万人へ14%減った(スーパーや直売所で食料の購入に使われるSNAP電子マネーもこの間に、1受給世帯当たり月額平均250ドルから237ドルへ)。
ところが、コロナ禍で失業者が激増し始めた4月、農務省はSNAP申請への厳格な審査方針を一変。同22日には「今月の受給者が40%増えた」と喧伝するほど、受給促進へ方向を転換した。"変わり身の早い"トランプ大統領は5月15日、メリーランド州ローレル市でキックオフした「農家から家族へのフード・ボックス計画」の配布場へ広告塔の娘イバンカ・トランプ大統領補佐官を送り、「この活動は全米で30億ドル規模へ膨れ上がる。(民主党支持者の多い)中小農家も助ける事業だ」と宣伝させた。
自らの岩盤支持者のニーズに応えながら、低所得層や中小農家の民主党支持基盤を切り崩し、無党派層にも食い込んでいく。景気が悪化すればするほど政治的効果が増すフード・ボックス。まさに食料そのものを大統領再選の戦略的な手段に使っているのだ。
選挙前の最大のコロナ対策になると思われる「第5弾」。その中身の議論は共和・民主両党とも、コロナ禍救済に名を借りた、巨額の選挙用バラマキ資金の争奪戦となる。
重要な記事
最新の記事
-
「良き仲間」恵まれ感謝 「苦楽共に」経験が肥やし 元島根県農協中央会会長 萬代宣雄氏(2)【プレミアムトーク・人生一路】2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:福島県JA夢みなみ岩瀬倉庫 主食用米確かな品質前面に(1)2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:福島県JA夢みなみ岩瀬倉庫 主食用米確かな品質前面に(2)2025年4月30日
-
アメリカ・バースト【小松泰信・地方の眼力】2025年4月30日
-
【人事異動】農水省(5月1日付)2025年4月30日
-
コメ卸は備蓄米で儲け過ぎなのか?【熊野孝文・米マーケット情報】2025年4月30日
-
米価格 5kg4220円 前週比プラス0.1%2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間にあたり】カビ防止対策徹底を 農業倉庫基金理事長 栗原竜也氏2025年4月30日
-
米の「民間輸入」急増 25年は6万トン超か 輸入依存には危うさ2025年4月30日
-
【JA人事】JAクレイン(山梨県)新組合長に藤波聡氏2025年4月30日
-
備蓄米 第3回は10万t放出 落札率99%2025年4月30日
-
「美杉清流米」の田植え体験で生産者と消費者をつなぐ JA全農みえ2025年4月30日
-
東北電力とトランジション・ローンの契約締結 農林中金2025年4月30日
-
【'25新組合長に聞く】JA新潟市(新潟) 長谷川富明氏(4/19就任) 生産者も消費者も納得できる米価に2025年4月30日
-
大阪万博「ウガンダ」パビリオンでバイオスティミュラント資材「スキーポン」紹介 米カリフォルニアで大規模実証試験も開始 アクプランタ2025年4月30日
-
農地マップやほ場管理に最適な後付け農機専用高機能ガイダンスシステムを販売 FAG2025年4月30日
-
鳥インフル 米デラウェア州など3州からの生きた家きん、家きん肉等 輸入停止措置を解除 農水省2025年4月30日
-
埼玉県幸手市で紙マルチ田植機の実演研修会 有機米栽培で地産ブランド強化へ 三菱マヒンドラ農機2025年4月30日
-
国内生産拠点で購入する電力 実質再生可能エネルギー由来に100%切り替え 森永乳業2025年4月30日
-
外食需要は堅調も、物価高騰で消費の選別進む 外食産業市場動向調査3月度 日本フードサービス協会2025年4月30日