農政:ウクライナ危機 食料安全保障とこの国のかたち
【ウクライナ危機!食料安全保障とこの国のかたち】シカゴ穀物相場は乱高下し、夏場に過去最高値も(2) 資源・食糧問題研究所 柴田明夫代表2022年3月5日
ロシアのウクライナへの侵攻で、多数の犠牲者が出る深刻な事態が続き、穀物市場で小麦などの価格が急上昇している。こうした中で日本は食料安全保障などの課題にどう向き合うべきか。世界の穀物市場をめぐる現状と日本の取るべき対応などについて、資源・食糧問題研究所の柴田明夫代表に寄稿してもらった。
(4日掲載の(1)から続く)
市場冷却機能が失われる
一方、米農務省は2022年2月の需給報告で、2021年後半~22年前半のウクライナの小麦生産量を3,300万t、輸出量を2,400万トンとし、前年度の各2,420万t、1,685万トンから各36%、42%増加すると予測(図4)。トウモロコシについても、生産量4,200万t、輸出量は3,350万tで、前年度の各3,030万t、2,386万tから各39%、40%拡大すると予測している。これを見る限り、ウクライナ産小麦、トウモロコシの輸出拡大は、高騰する国際穀物市場にあって、これまでは一種の冷却材として機能してきたと言えよう。このタイミングで、ロシアのウクライナ侵攻が始まった。
両国の小麦は黒海沿岸のイリチェスク、オデッサ港などからエジプト、モロッコ、イエメンなど中東・北アフリカ、サブサハラ向けに輸出される(図5)。ロシア産小麦と合わせると、世界の輸出量約2億tの内の約3割を占める。距離も近いために、輸入は海上運賃が安い時にスポット取引(hand to mouth)で行われている。これを中東・北アフリカの輸入側から見ると、同地域の2021~22年の小麦輸入量は9,154万tで、世界小麦貿易量の45%を占める(表1,2)。
商社筋によると2月末時点でウクライナ側黒海は正常との報がある一方、日本農業新聞は2月27日付けでロイター通信の報として「ウクライナは国内の港湾での業務をすべて停止。米穀物商社大手のアーサー・ダニエルズ・ミッドランド(ADM)も、同国内にある穀物輸出ターミナルの稼働を止めた」を伝えている。ロシアが経済制裁への報復措置として小麦の輸出を制限するとの憶測もある。
ロシアおよびウクライナ産小麦の供給が中断した場合、中東・北アフリカ諸国に与える影響は甚大だ。域内には世界最大の小麦輸入国エジプト(1,300万トン)はじめトルコ(1,000万トン)、イラン(700万トン)など地政学リスクの高い国も多い。この地域が日本の主な輸入元である米国・カナダ、オーストラリア産小麦への代替需要が高まると、需給は一段とひっ迫し穀物価格は2012年の史上最高値を大きく更新することになろう。さらに、同地域にとって、短距離をスポットで購入するという分けには行かず、米国・カナダから輸入するとなると、トン・マイルが一気拡大し運賃も跳ね上がる。
これには既視感がある。2010年8月、干ばつに見舞われたロシアでは、当時のプーチン首相が、2011年6月まで小麦輸出を禁止した。ウクライナの輸出も減少した。この結果、中東・北アフリカ地域では、パンの価格が上昇するなどから社会不安が広がり、チュニジアで始まった「ジャスミン革命」(反政府運動)は、SNS(交流サイト)を通じて瞬く間にエジプト、リビア、イエメン、シリアへと拡散。「アラブの春」の契機になった。
ウクライナでは、毎年8,9月頃小麦の作付が始まり、収穫は翌年7~8月に行われる。オランダの農業系金融大手ラボバンクは、「収穫が始める7月まで制裁が続いて場合には、世界的な小麦供給は大幅に減少する」と予測している(日本農業新聞2.27)。バイデン米政権には、ウクライナが占領された場合、「反乱軍」を支援する計画もあるという。かつて、旧ソ連がアフガニスタン侵攻後に米国は、世界から10万人を超えるムヒャヒディン(イスラム戦士)を集め武器を与えて、10年かけてソ連軍を倒した。
市場では徐々に、混乱の長期化に加えて、夏場に米中西部穀倉地帯が干ばつに見舞われるといった場合には、小麦価格は2008年の史上最高値12ドルを突破する最悪のシナリオも見えてくる。
日本の食料安全保障が脅かされる
食料自給に言及せよ
日本農業を取り巻く状況も一層厳しさを増している。年明けの食料市場では、多くの食料品で空前の値上げラッシュが続いている。背景には、輸入品の価格高騰がある。コロナ禍により国際的な人の移動が制限された結果、農業や食料品加工、トラック輸送、港湾での荷揚げなど携わる外国人労働者不足から食品の生産・物流の停滞が長期化しているのだ。
21年の農産物の輸入額は7兆375億円で、前年比13.1%増加した。しかし、数量ベースでは、前年割れをしている品目も多い。コロナ禍で外食需要の不振が続いていることや、為替の円安、海上運賃の上昇、中国との輸入競合など複数の要因があろう。しかし、農産物の輸入縮小は、一時的ではなく恒常的となる可能性が高い。なによりも、日本の「買う力」が失われていると感じるためだ。
一方で見方を変えると、小麦や大豆など、国際価格の高騰=輸入価格の高騰は、国内の生産者にとってはむしろ増産の追い風となるはずである。そもそも工業製品に比べ安価で長期保存が難しい食料は極めて地域限定的な資源であり、地産地消が原則である。国内の農業資源(人、農地、水、水源涵養林、地域社会など)をフル活用し、食料生産を最大限拡大するという方向性を与えることで「眠っている潜在力を揺り動かす」のである。グローバリゼーション(=貿易自由化)の下で、農業の外部化を極限まで進めてきたわが国としては、農業の基盤強化に向けた内部からの改革により、世界的な食料危機の連鎖に備えなければならない。工業製品に比べ安価で長期保存が難しい食料は極めて地域限定的な資源であり、「地産地消」が原則である。
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