農政:ウクライナ危機 食料安全保障とこの国のかたち
今こそ減肥の大号令と自給飼料の大増産を(1)東山寛・北海道大学農学部教授【ウクライナ危機】2022年4月4日
ロシアのウクライナへの侵攻は1か月以上に及び、無差別攻撃による深刻な被害が続いている。小麦などの先物取引価格は跳ね上がっている。現在の食料品価格の上昇が「アグリ・インフレーション」といえる局面に入る中、日本の農政の再構築の必要性が指摘されている。北海道大学農学部の東山寛教授に寄稿してもらった。
戦後3回目の価格高騰局面に
東山寛 北海道大学農学部教授
ロシアによるウクライナ侵攻から1カ月が経過した。英語では「invasion」という表現を使っているようだが訳は「侵攻」でも「侵略」でも良い。だが、毎日のニュースで流される悲惨な映像を見るとまぎれもなくこれは戦争だ。一刻も早い停戦を願うのみだが、戦場になったウクライナの復興には相当の時間がかかるだろう。
ロシアとウクライナは小麦の大輸出国で、両国で世界全体の輸出量の3割を占める。マーケットは早速今回の事態に反応し、アメリカの小麦先物取引は3月に入って1ブッシェル10ドルを超えて推移している。トウモロコシも7ドル台、大豆も17ドルを超える水準に跳ね上がった。
戦後3回目の価格高騰局面に入ったと言って良いだろう。1回目は1970年代、2回目は2006年末から2010年代初めにかけての時期で、それが収まったのはちょうど10年前だ。ただ、相場が元に戻ったのかというとそうではなく、前よりも高いポジションを維持しながら推移してきた。相場を押し上げるファンダメンタルズ(基礎的な要因)に変化がないからで、①新興国の成長②バイオ燃料③投機マネーの3つである。今回は④地球温暖化⑤ウクライナ戦争というヘビー級の要因が加わった。今後は、1月のトンガ大噴火の影響も非常に心配である。
「アグフレーション」の状況
今の国際相場は過去最高値をつけた2回目の水準に匹敵するが、記録を塗り替えていくのは確実だ。事実、国連食糧農業機関(FAO)が公表した2月の世界食料価格指数(2014~16年=100)は140.7で、11年ぶりに過去最高を更新した。現在の食料品価格の上昇は「アグリ・インフレーション」(略して「アグフレーション」=農産物のインフレ)と言って良い状況だ。10年前と同じである。もしいつの日か収まるとしても、元の相場に戻ることはあり得ない。2回目の高騰から学んだ教訓である。このような時代に、自由貿易に依存して食料調達をした方が得だと考える人間は誰もいないだろう。
ウクライナ問題に戻ると、ロシアとベラルーシは肥料原料の一大輸出国でもある。2021年版の食料・農業・農村白書(以下、白書)は、農業資材のトピックで「肥料原料は大半を輸入に依存」という興味深いコラムを掲げていた(203頁)。代表的な肥料原料として「りん鉱石」「塩化加里」「りん産アンモニウム」の3つを取り上げている。このうち、塩化カリの2020年の輸入量は43万7,000トンで、その13.3%をベラルーシから、12.2%をロシアから輸入している。両者を合わせるとほぼ4分の1だ。
白書のコラムではチッ素肥料に触れていないが、例えば尿素について見ると、2019肥料年度(毎年6月1日から翌年7月30日までの1年間)の国産割合は4%で、これも大半が輸入である(農水省「肥料をめぐる情勢」2021年4月)。しかし、チッ素肥料とリン酸・カリとの間には決定的な違いがある。前者は天然ガスなどを原料とする化学工業製品だが、後者は鉱物資源だ。それは石油や石炭と同じで、どこにでもあるものではない。肥料鉱物資源は「その存在の有限性と分布の局在性」が基本的な特徴である(高橋英一『肥料の来た道帰る道』1991年)。
カリ鉱床は、海から塩が豊富にとれる島国・日本では縁のない地下の岩塩層に存在する。もともとは地殻変動で海水が閉じ込められたところに出来たものだ。ボーリング技術が発達し、19世紀半ばのドイツで初めて発見された(シュタッスフルト鉱床)。当時、カリを求めていたのは農業というよりも戦争需要で、黒色火薬の原料となる硝石(硝酸カリウム)の製造は花形産業だった。ドイツでの発見を機にあちこちで探索が始まり、たまたま大きな鉱床がロシアやベラルーシにあるということだろう。
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