農政:バイデン農政と中間選挙
【バイデン農政と中間選挙】多額の財源が確保された米国の脱炭素農業【エッセイスト 薄井寛】2022年8月24日
「(2022年インフレ抑制法の成立で)米国民は勝利し、(薬価引き下げに反対した製薬大手など)特定の利益集団は敗北した」。8月16日の同法署名式でこう述べたバイデン大統領は、高齢者による処方薬の年間負担額の上限 (2000ドル、約27万円) 設定や米国製の電気自動車購入者に対する最高7500ドル(約100万円)の税額控除などを挙げ、同法のインフレ抑制効果を強調した。
農業・農村対策へ5兆4000億円
気候変動対策や医療保険対策、大企業への増税等を盛り込んだ歳出・歳入法案として可決された同法の歳出規模は今後10年間で4370億ドル(約59兆円)。
昨年7月にバイデン政権が提案した3兆5000億ドル規模の「ビルド・バック・ベター(より良い再建)法案」からは大幅な縮小となったが、今回の法制定によるインフレ抑制や雇用増、財政赤字の削減等に期待する米国メディアの報道は少なくなかった。
農業メディアが強い関心を示したのは400億ドル(歳出規模の10%弱)の農業・農村対策だ。
これには40億ドルの干ばつ救済や、補助金政策で差別的に扱われてきた黒人農家等に対する救済基金などの53億ドル、山火事対策や二酸化炭素の森林貯留促進の50億ドルが含まれる。
ただし、最大の予算措置は農業版の気候変動対策の200億ドル(2兆7000億円)だ。これによって、バイデン大統領が農家や農業団体へ繰り返し訴えてきた脱炭素農業の推進と気候変動対策の土壌保全計画が多額の予算を確保できたことになる。主な中身は次の通りだ。
〇被覆作物の植付けによる二酸化炭素の土中貯留など、脱炭素農業の技術指導を推進する「環境改善奨励計画(EQIP)」へ84.5億ドル(約1兆1400億円)
〇特定地域における農地の土壌保全を促進する「地域保全パートナーシップ計画(RCPP)」へ67.5億ドル(約9100億円)
〇土壌浸食地域などで持続可能な農業生産を推進するための「保全管理計画(CSP)」へ32.5億ドル(約4400億円)
〇農地保全事業を推進する地方自治体等に対する資金・技術援助の「農地保全負担軽減計画(ACEP)」へ14億ドル(約1900億円)
また、農業メディアは総額140億ドル(約1兆8900億円)の再生可能エネルギー事業にも焦点を当てた。
その主な内容は、①再生可能エネルギー計画に取り組む農村電化協同組合に対する補助金など97億ドル(約1兆3000億円)、②同エネルギーを創出する農家や地方企業への補助金19.7億ドル(約2700億円)、③同エネルギー資源を活用した電力販売事業への融資10億ドル(約1350億円)だ。
農場や放牧地で風力発電や太陽光発電の事業を計画する農家にとって、この補助事業が大きな刺激策になるのは間違いない。
さらに注目されるのがバイオ燃料の供給促進だ。バイオジェット燃料(生物油由来ディーゼル)に対する新たな税額控除(1ガロン当たり1ドル)、バイオ燃料に対する現行税額控除の延長、および同燃料の混合施設に対する5億ドルの補助金を中心とする、大豆油由来ディーゼルとトウモロコシ由来エタノールの増産促進策は穀物・大豆の生産農家にとって中長期的な利益となる。
再生可能燃料協会(RFA)のゲオフ・クーパー会長は、「(今回の法成立は) 2007年の再生可能燃料基準(RFS)の制定以来、連邦議会と政府が約束した最大の供給増大策だ」と評価した。
〝揺るがない″トランプ岩盤支持層
先の大統領選で中西部などの農業州を歴訪したバイデン候補は、「農業の温室効果ガス排出ゼロを世界で最初に達成できるのはアメリカだ」と豪語したが、今回の大規模な財政措置で米国農業の脱炭素化が現実味を帯びてきたといえる。
また、インフレ抑制法で確保された総額400億ドルの農業・農村対策は、数多くの地方有権者へ雇用機会の増大という利益をもたらすことになる。
はたしてこうした今回の法制定はバイデン民主党政権へどれほど政治的効果をもたらすのか。
11月8日の中間選挙まで残り3カ月を切るなか、トランプ前大統領の不正を暴くような情報は増えてきた。それでもトランプ岩盤支持層に亀裂は生じず、無党派層の与党民主党支持もまだ十分な回復の兆しを見せていないようだ。
11月までにインフレ抑制など経済政策の成果を有権者に実感させられるのだろうか。確かに7月の消費者物価は前年同月比8.5%の上昇と、6月の9.1%を下回った。
だが、6月中旬に下げへ転じたガソリン価格は依然として高値圏。7月の食料品価格は10.9%高と、消費者物価を上回る上昇率が3月から続いている(表参照)。
一方、肥料などの農業生産資材の高値も収まらない。また、農産物の最大の輸出市場である〝頼みの中国″では輸入需要が後退し、ロシアを含めた輸入先の多元化が進む。このため、米国産の穀物・大豆輸出量は減少へ転じるとの観測が出始めた。
さらには、農村部の雇用情勢も都市部の急回復に追いつけない。2019年4月から22年4月の間に就業人口増の全米平均(4.5%増)を上回った都市部の郡の割合は50%を超えたが、農村部の郡は38%に留まっているのだ。
こうした実態を踏まえるなら、少なくとも地方選挙区ではインフレ抑制法が民主党候補者の即効薬になる可能性は少ないものと思われる。
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