農政:世界の食料は今 農中総研リポート
【世界の食料は今 農中総研リポート】養鶏再生に変異ウイルスの壁 南アの鳥インフルショック 片田百合子研究員2023年11月29日
「世界の食料は今」をテーマに農林中金総合研究所の研究員が解説するシリーズ。今回は片田百合子研究員が「南アの鳥インフルショック」をテーマに解説する。
農林中金総合研究所 片田百合子研究員
2022年10月から23年4月にかけて、日本での高病原性鳥インフルエンザ(以下、鳥インフル)の発生件数は過去最多を記録し、歴史的な鶏卵不足となった。
世界的にも鳥インフルの発生時期や地域は広がっており、鶏卵業界は危機的状況に見舞われている。その一例が南アフリカ共和国(以下、南ア)だ。23年には過去最大規模で感染が広がり、当地の感染事例の多くが、現在世界で流行しているH5N1亜型の高病原性ウイルス(以下、H5N1ウイルス)ではなく、これまで発生事例のなかった高病原性のH7N6亜型ウイルス(以下、H7N6ウイルス1)によるものだ。同国におけるここ数年の採卵養鶏の動向や、鳥インフルの発生や鶏卵業界への影響をみてみよう。
飼料高騰や電力不足から苦境に陥る南アの採卵養鶏
南アはアフリカ大陸の最南端に位置し、人口は6000万人ほどである。ダイヤモンドや金の生産量が多く、2000年代半ばの資源価格上昇を背景に経済発展を遂げてきた(注2)。
畜産業も盛んで、南アの鶏卵生産量はアフリカで2番目に多い。採卵鶏(食卵を得るために飼養する鶏)の羽数は23年3月末で3285万羽と、日本の5分の1だ。商業的な採卵鶏農場は278あり、ケージ飼いが全体の98.5%と圧倒的である。動物性たんぱく質のなかで、鶏卵は最も安価で、日本の半分程度である一人当たりの年間消費量(148個)を30年には220個とするのが業界目標である。なお、同国の鶏卵自給率はほぼ100%(注3)だ。
後述するような供給不足に加えてインフレの影響もあり、鶏卵の小売価格は上昇し、22年は1ダース当たり平均36.3ランド(269円)(注4)となった(図1)。

図1 南アの採卵鶏(成鶏)の飼養羽数と鶏卵小売価格
南アでも、飼料費の高騰が農業経営を圧迫している。統計で確認できる18年以降、採卵鶏用配合飼料の価格は毎年上昇し、22年平均は1トン当たり5712ランド(4万2269円)で、18年比1.8倍に達した。
さらに同国には、深刻な電力危機もある。ロイター(2023年2月10日付)によると、発電施設の老朽化等から国営電力会社の計画停電が頻発し、22年の停電発生日は200日超に及んだ。南ア養鶏協会によると、停電によるひなのふ化率や生存率の大幅低下が、飼料費の高騰に追い打ちをかけ、小規模生産者や鶏卵パッキング工場は休業に追い込まれている。
なお、南ア政府は電力不足対策として再生可能エネルギーの利用を進めている。政府系金融機関と協力し、養鶏業者を含む生産者等を対象に、太陽光パネルやバイオマス発電所等の再エネ発電施設導入を支援する基金を23年に設立した。
殺処分数は過去最大
経営環境が悪化するなか、23年4月以降は、鳥インフルが南アの養鶏場(ブロイラー養鶏含む)で100件以上発生している。この結果、23年は10月上旬までに、採卵鶏では22年飼養羽数の18%に当たる約500万羽が殺処分された(図2)。この殺処分数は過去最大で、やはり鳥インフルのパンデミックが報じられた21年の200万羽をはるかに上回っている。
上述した経営環境の悪化もあり、経済的な損失を恐れて殺処分を拒む生産者は増え、感染拡大の悪循環が起きている。南ア養鶏協会は23年10月に入り政府に対策を訴えたが、現時点では政府の動きはみられない。こうしたなかで、感染拡大には、殺処分を実施する生産者への損失補償の欠落が一因であることが指摘されている(The Conversation Africa/2023/10/19)。
注目したいのは、この南アでの感染拡大のなか、鶏に対して高い致死率を示す高病原性に変異したH7N6ウイルスが世界で初めて見つかったことである。このウイルスは、これまで世界各地で発生事例のあるH5N1ウイルスとは異なっており、その発生を国際獣疫事務局(OIE)へ報告した国は、南ア以外は未だない(23年11月8日現在)。また、23年の同国での発生件数では、前者の方が後者を上回る事態となっている。南アの専門家は、野鳥間で循環する低病原性ウイルスが鶏に感染し、鶏の間で感染が繰り返されるうちに、深刻な症状を引き起こす高病原性ウイルスに変異したとみている。
日本から遠い南アだが、渡り鳥は日本を含む「東アジア・オーストラリア地域フライウェイ」の圏内に飛来するとされているため(図3)、同国で発生したウイルスが日本に伝播する可能性は否定できない。訪日外国人観光客の回復から、人がウイルスを持ち込むことも懸念される。

図2 鳥インフルによる採卵鶏(成鶏)殺処分数

図3 渡り鳥の主要な経路
影響は長期化が懸念
鳥インフル発生によって同国の鶏卵供給は急落し、店頭でも販売数量制限や販売休止となっている。筆者が現地在住者に聞いたところ、10月の鶏卵価格は9月上旬比1.5~2倍も上昇しているとのことである。
鶏卵業界は今回の卵不足を受けて、食用鶏卵の輸入と生産体制の立て直しを行う方針だ(注5)。しかし、政府はワクチン導入の検討を10月初旬に公表したが、具体化はこれからである。南ア養鶏協会は鶏卵生産量が元に戻るまで17カ月かかると見込むが、前述の飼料高や計画停電の影響を鑑みるにやや楽観的な見方と評価せざるを得ない。
このように経営悪化、鳥インフルのパンデミック、制度的な欠陥から、南アでは鳥インフルの新たなウイルスが発見される事態となっている。同国における鶏卵の生産基盤の劇的な回復は期待できず、今後も注視が必要と思われる。
<注>
1 H7N6ウイルスは過去日本で発生例があるが、弱毒タイプ(OIEの基準でいう低病原性)に分類されている
2堀江正人「南アフリカ経済の現状と今後の注目点~アフリカを代表する新興国だが、経済の低成長が長期化する恐れ~」三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2023年6月12日付)
3 南ア養鶏協会の統計データに依拠
4 1南アフリカ・ランド=7.4円(日本銀行の23年9月中の為替相場より算出)
5 USDAレポートに依拠。
重要な記事
最新の記事
-
農業用バイオスティミュラント「エンビタ」 2025年水稲の実証試験で見えた効果 増収・品質向上に一役 北興化学工業2025年10月27日 -
農山漁村への企業等の貢献活動 取組を証明する制度開始 農水省2025年10月27日 -
【人事異動】クボタ(2026年1月1日付)2025年10月27日 -
【役員人事】クボタ(2026年1月1日付)2025年10月27日 -
「長野県産りんご三兄弟フェア」全農直営飲食店舗で27日から開催 JA全農2025年10月27日 -
「秋田県産 和牛とお米のフェア」宮城・東京・大阪の飲食店舗で開催 JA全農2025年10月27日 -
JAならけん協力 奈良県十津川村×北海道新十津川町「秋の収穫祭」開催2025年10月27日 -
富山県のショップ「越中自慢」約30商品が「お客様送料負担なし」JAタウン2025年10月27日 -
【今川直人・農協の核心】農協による日本型スマート農業の普及(1)2025年10月27日 -
社会主義は消滅したか・・・否【森島 賢・正義派の農政論】2025年10月27日 -
植物由来素材ユニフォームで「着る循環」を社会実証 Team P-FACTSと連携 2027年国際園芸博覧会協会2025年10月27日 -
「枝もの定期便」運営スタートアップ 株式会社 TRINUSへ出資 あぐラボ2025年10月27日 -
【人事異動】北興化学工業(2025年11月1日付)2025年10月27日 -
重信川クリーン大作戦に参加 井関重信製作所2025年10月27日 -
新潟県U・Iターン移住イベント「にいがたU・Iターンフェア2025」有楽町で開催2025年10月27日 -
高知で「未来型農業」始動 水耕栽培野菜を販売開始 アドインテ2025年10月27日 -
茨城県常陸太田市「第38回里美かかし祭」開催中2025年10月27日 -
「ゴクッとモーニング!ミルク」プロジェクト 始動 九州生乳販連2025年10月27日 -
令和7年度 第64回農林水産祭「実りのフェスティバル」に出展 岩手県2025年10月27日 -
米取引でJA常陸と産直協定 品目拡大や有機取り扱いも視野 パルシステム連合会2025年10月27日


































