農政:欧米の農政転換と農民運動
【インドネシアの農民組合運動】食料安保の輸入米対処を批判(2)官製脱却 食料主権へ 高知大学教授・岩佐和幸氏2024年5月27日
今年1月19日、インドネシア農業省などの前で、農民たちの抗議集会が開かれた。それは、政府が、国内における米の安定供給と備蓄確保を理由に年間300万tの米の輸入計画を発表したことに反対するものであった。今回の集会を主導したのは、1998年に設立されたインドネシア最大の農民団体であるインドネシア農民組合と、それが支持母体のひとつである労働党であった。主催者は、過去最高の330万tを輸入した昨年同様、食料安保を輸入米で対処しようとする農政の矛盾を批判し、輸入反対と備蓄米の国内調達、政府買取価格の引き上げ等の6項目をアピールした。以下は、インドネシア農民組合に詳しい岩佐和幸高知大学人文社会科学部教授のレポートである。
【インドネシアの農民組合運動】食料安保の輸入米対処を批判(1)農地奪還に組合結成 から続く
官製脱却 食料主権へ
SPIへのインタビュー後、ブルワント氏と
今から10年前の2014年、インドネシア農民組合(SPI)は、『インドネシア食料主権ビジョン2014~2024』を発表した。そこでは、農村貧困の半減、農家の交易条件の大幅改善、不平等の是正、農業・農村開発の予算増、輸入削減と国内増産など、食料主権の実現に向けた数値目標と戦略が掲げられた。この間、インドネシアの中小農民はどのような状態に直面していたのだろうか。
農民なき食料安全保障
まず、「農民と農村住民の権利に関する国連宣言」の権利の柱となる土地問題はどうか。土地保有ジニ係数(政府試算の土地所有の格差指標。完全平等から独占状態までを0~1の数値で示す)は、2021年には0・58と、人口の1%が58%の土地を支配する不平等が続いている。これに対して、ジョコ大統領は、農民運動の要求を背景に900万haの農地再分配を公約に掲げ、就任後は大統領令を発布し、中期開発計画の優先プログラムにも盛り込んだことから、改革の前進が期待された。
ところが、実施段階に入ると改革は行き詰まるとともに、プランテーションや鉱山開発を背景に農地紛争が多発し、2022年だけで119件に及んだ。その多くは州政府が企業に付与する耕作権や許認可に起因しており、開発の影で農民は脅迫・差別・逮捕等の暴力にさらされてきた。政府は2021年に「農地紛争解決加速・改革政策強化チーム」(PPKA―PKRA)を立ち上げたが十分に機能していない。それどころか、雇用創出オムニバス法施行でパーム油最大手のシナールマス子会社がスマトラ島中部のジャンビ州で行った農民の立ち退きが正当化されるなど、事態を悪化させている。
権限の弱さや省益争い、地方政府の反対等が障害となり、農民の司法へのアクセスも弱いため、SPIは現場での闘争支援と並行して、政府の農地改革強化・紛争解決の迅速化と国家人権委員会の権限強化を訴えている。
加えて、食料への権利も深刻である。たとえば、2021年の幼児栄養調査では、発育阻害のある幼児が4人に1人に及び、アイルランドのコンサーン・ワールドワイドとドイツの飢餓援助機構の両NGOが共同で発表した2023年世界飢餓指数(GHI)では、インドネシアは125カ国中77位と、東南アジア諸国のなかで最下位である。
しかも、政府は食料安全保障を口実に、食料システムへの企業の関与を推進している。その象徴例が、前政権期に始まり、小農民主体の食料生産に生産力の高い大農園方式を導入する「食料農園計画」であり、食料システムの決定過程から農民を排除しようとしている。SPIは、政策決定に農民を関与させ、女性・子どもへの栄養提供や地場生産・地域文化に基づく食の多様性確保を進めるべきであると主張している。
経営悪化と企業支配
インドネシアにおける農家の交易条件指数
農家の経営状態はどうか。図は、農家の受け取りと支出の相対価格である交易条件指数(NPT)を示している。過去5年間の指数はインフレで上昇傾向だが、農家全体ではSPIの目標値125には届いていない。しかも、月ごとの変動が激しい上に作物間格差が激しく、パーム油やコーヒーなどの農園作物とは対照的に、食用作物や園芸作物では損益分岐点を下回る時期もみられ、価格上昇の恩恵を受けているとはいいがたい。
NPTの停滞・変動の要因のひとつが、資材高騰によるコスト高である。政府による農家への肥料補助があるものの、食用作物を生産する一部の官製団体加盟者に支給対象を限定し、多数の農家が疎外されるなど、肥料流通のガバナンスが課題となっている。食用作物の中心をなす米は、政府買取価格が低く抑えられた結果、食料調達公社(BULOG)では備蓄用米の確保に失敗し、消費者価格の安定化と備蓄補給のための米輸入をせざるをえず、その結果、生産者米価をさらに悪化させる悪循環を招いている。しかも、政府はRCEP(地域的な包括的経済連携)の批准などFTAを通じた貿易自由化と特許種子の普及・自家採種規制を推進しようとしており、中小農家にさらなる脅威を与えている。
一方、農園作物の優等生であるパーム油農家も安泰ではない。世界最大の生産国にもかかわらず、国内での食用油の価格高騰を背景に2022年4月に輸出禁止措置がとられ、その終了後は国内供給義務が導入された。これにより、搾油工場では買取価格を引き下げ、数カ月の間に果房価格は主産地であるスマトラ島中部・マラッカ海峡に面するリアウ州で1kg3500ルピア(34円)から1500ルピアへ、最悪の場合300ルピア(2・9円)に急落した。
パーム油産業は上流から下流までアグリビジネスが支配し、とくに食用油業界では大手4社が4割の市場シェアを占めており、寡占体制の本格的な規制が求められているのである。
「連帯経済」の実践へ
インドネシアの農民の権利保障はいまだ達成途上にある。政府のガバナンス不全と新自由主義政策、企業支配が、農家だけでなく国内の消費者のくらしも悪化させてきた。そこでSPIは、農地改革や国家による農産物の適正価格保障などを軸とする食料主権を農政の原則とすること、そしてあらゆる政策決定に農民・農村住民を関与させることをアピールし、政府交渉を粘り強く行っている。
さらに注目されるのが、SPIの運動が単なる政策批判にとどまらず、食料主権の実現のために連帯経済の構築へと広がりを見せてきたことである。そのひとつが、農地改革モデル村としての「食料主権地域」の建設である。現場では農民主体による小規模生産・資源管理とアグロエコロジー導入を実践し、食料エステート計画のアンチテーゼとしての新たな農業モデルを創り出そうとしている。
もうひとつが、協同組合運動の再構築である。スハルト期の官製農協イメージから脱却し、2017年にSPIは農民主体の「インドネシア農民協同組合」(KPI)を1000組合設立する目標を掲げた。その狙いは、農家が経済主権を構築し、農協を通じて出荷・販売することで、消費者への適正価格での販売と農家の収入向上、地域経済の発展につなげる点にある。
最近はその延長として、北スマトラのメダン市でコーヒーを農協が加工し、若者主体でコーヒーショップを立ち上げる動きも登場している。また、パーム油産業でも、農地改革と地域小規模工場建設を通じて上流から下流まで協同組合管理をめざし、アグリビジネス独占に風穴を開けようとしている。と同時に、アグリビジネスが製造する高度精製油ではなく、未精製で健康にもよいとされる「赤色食用油」の研究開発を政府が進めており、SPIも協同組合ベースの管理という政府の意向に協力姿勢を見せている。
こうしたSPIによる、食料主権原則と連帯経済の構築を通じて、人々の手に農と食を取り戻す創造的な運動の今後の展開が大いに期待されるところである。
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