農政:極端気象・猛暑・豪雨とどう向き合うか
【極端気象・猛暑・豪雨とどう向き合うか】(2)「暑すぎた夏」原因は海に 釜ゆで状態だった日本列島2025年9月2日
8月最終日の31日に、名古屋市で最高気温が40度に達するなど、今年も日本列島は猛暑に襲われ、夏(6、7、8月)平均の気温が観測史上最高となった。農業にとって重要なのは、ある特定の日の気温ではない。長期の平均的気温が重要なのだ。瞬間の気温は特定の気象現象が決める。しかし長期になればなるほど、異常高温の原因の主役は二酸化炭素に代表される温室効果ガスの増加に伴う地球温暖化となる。そしてその影響が海に蓄積される。海に蓄積された余剰の熱が日本を暑くしている。今回はそれをひもとこう。
三重大学大学院生物資源学研究科地球環境学講座教授 立花義裕氏
今年の日本の夏はなぜこれほど暑いのか? 人は、その原因を気象の異常に求めがちだ。確かに今年も太平洋高気圧やチベット高気圧が強かった。しかし、それだけでは、今年が去年よりも圧倒的に暑い理由としては説明不足だ。今年の海水面の温度は異常に高く、過去最高を記録。しかも去年よりも遙かに高いのだ。海に囲まれた日本列島は、煮えたぎった釜の中心に日本列島があったようなものだ。「釜ゆでの刑」といっても過言ではない。だから暑いのだ。
昔の日本周辺の海面水温は低かった。だから、海風が入れば気温が下がる。日本は四方を海に囲まれているので、風向がどちらを向いていようとも、日本のどこかは海風が吹く。海風は、高温となった日中の気温をある程度下げてくれる。日中に上がった気温を、午後に吹く海風が夕方までに一旦リセットしてくれる。これが冷涼な海風の冷却効果だ。ところが、水温が異常に高いことから、海風による冷却効果が弱まり、毎日毎日、少しずつ、陸に熱が貯熱され続ける。貯熱状態下で、強い太平洋高気圧に覆われる日には、これまでに経験が無いような温度にまで、気温が上昇してしまう。
海から吹く高温の空気は水蒸気が多い。水蒸気も二酸化炭素と同じ温室効果ガスである。だから日中に暖まった地面からの熱を、水蒸気が吸収し、夜間の放射冷却を弱める。だから日本は、夜でも暑い。海の効果はじわじわと、そして根深く、ボディーブローのように効く。夏を通した平均の気温がダントツに高い理由がこれだ。だからこそ、農業に関連する人たちは、もっと海に関心を持って欲しい。
ではなぜ、今年の日本周辺の海面水温がこれほど高温だったのか。それは、6月の異常が原因だ。順を追って説明しよう。
例年だとジメジメとした梅雨が続く6月だが、今年は違っていた。6月18日には北上していた梅雨前線が消え、日本列島で35度を超える猛暑日が続出した。なぜ、こんな天気になってしまったのか。
今年は6月から偏西風が日本のはるか北を蛇行していた。偏西風は南から来る暖気と北から来る寒気の境目で吹く。そして、梅雨前線はその偏西風の上にできる。偏西風が日本の北側を通り、南からの高気圧が張り出していることが、梅雨前線が北上したことの直接の原因だ。
こうした偏西風の蛇行は猛暑の真夏にはよく見られる。しかし、6月になることは過去にはなかった。なぜ、このような状況になってしまったのか。
理由は三つ。一つめは、日本の西にある中国のチベット高原の気温が春からずっと暖かかったこと。この背景には温暖化がある。気温が高いと雪解けが早くなり、地面の温度が上がっていく。チベット高原は標高5000mくらいの高地なので、その高さにある気温も上がっていく。そして、その熱くなった空気が偏西風によって、日本にやって来る。
二つめは、昨年と同じく、日本の南にある太平洋やインド洋などの熱帯地方の海面水温が非常に高いこと。すると、熱い空気が熱帯から日本のある中緯度までやって来る。そして、太平洋高気圧を北にグッと押し上げる。
三つめは、北海道の北に南北傾斜高気圧があること。この高気圧は北海道の北から日本列島の方に向かって斜めに降りてくる高気圧だ。高気圧は下降気流なので、圧縮されてどんどん気温が上がる。例えば、自転車のタイヤに空気を入れる時に空気入れを使うが、あの時、ハンドルを上から下に押しているとホースが熱くなるのを感じるであろう。それと同じで、下降気流の高気圧は上空から空気が降りてくると、圧縮されて地上の温度が上がる。
このように、日本列島の高度10kmくらいのところにチベット高気圧があり、地上付近に太平洋高気圧がある。そして、その間に南北傾斜高気圧が入ってくる。いわば、日本は"高気圧のトリプルバーガー"のような状態になっていた。
この三つの強力な高気圧があるために、偏西風や梅雨前線は北に押しやられてしまっていた。そして、このトリプル高気圧のために、6月は記録的な猛暑になった。
6月の猛暑が海面水温を上げた。暑いと地面の温度が上がるが、日本周辺の海面水温も上がる。特に夏至(6月21日)の前後が暑いと、より海面水温があがりやすい。なぜなら、夏至は1日のうちで最も昼の時間が長い日だから、晴れれば一年で最も水温を上げる効果が大きい。今年の夏は6月の梅雨前線消失とトリプル高気圧の影響が、海に蓄積され、8月まで暑い状態が続いた。6月の異常が、7月や8月の異常を呼んだのだ。異常気象は、次の異常気象を呼ぶ。その仲介役が海だ。
今年の夏は、猛暑だけでなく、災害級の豪雨が各地で発生した。猛暑と豪雨は関係している。それは次回に解説しよう。
【略歴】
1961年北海道生まれ。三重大学大学院生物資源学研究科地球環境学講座気象・気候ダイナミクス研究室教授。札幌南高等学校卒業。北海道大学大学院理学研究科博士後期過程終了。博士(理学)。小学生のときに、雪の少ない地域や豪雪地域への引っ越しを経験し、気象に興味を持つ。「羽鳥真一モーニングショー」を始め、ニュース番組にも多数出演し、異常気象や気候危機の情報を精力的に発信。北海道大学低温科学研究所、東海大学、ワシントン大学、海洋研究開発機構等を経て、現職。専門は気象学、異常気象、気象力学。2023年三重大学賞(研究分野)、2024年東海テレビ文化賞。日本気象学会理事、日本雪氷学会理事。近著に『異常事象の未来予測』(ポプラ社)などがある。
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