農政:どうするのか?この国の進路 高市政権を考える
支持率高いうち解散 「エージェントの力」 盲目たる日本の将来 武道家・思想家 内田樹氏2026年1月23日
就任から間もない高市政権が、いきなり衆院解散という大きな賭けに出た。支持率を追い風にした短期決戦は、国民に何を問い、どこへ向かおうとしているのか。内外に不安と緊張が広がるなか、この国の針路はどこに定めるべきか。武道家・思想家の内田樹氏に、高市政権と日本の現在地を読み解く連載「どうするのか?この国の進路 高市政権を考える」というテーマで寄稿してもらう。(月1回連載)
武道家・思想家 内田樹氏
「どうするのか?この国の進路 高市政権を考える」という連載企画を引き受けたが、原稿を書き始める前に、高市内閣が解散総選挙という奇策に出た。支持率が高いうちに解散して、勝ったら「禊は済んだ。民意を得た」と言って、全部チャラにするつもりなのだろう。「いつまで、台湾有事だの統一教会だの裏金だのという昔の話をしているのか。そんなことより喫緊の政治課題がある。それに取り組んで、働いて働いて(以下略)」というふうに持ち込むと、メディアはそのまま伝え、国民もぼんやりと「そんなもんか」と頷くという予測だったのだろう。
わずか実働3か月でいきなり解散というのは、これ以上引き延ばすと支持率が持たないと思ったからだ。この後も内閣支持率が堅調だという予測が立っていたなら、国難的課題が山積している時期に、党内合意もとりつけずに、国会を閉じるというような暴挙に出るはずがない。「支持率が高いうち解散」というのは、言い換えると、これからは内閣支持率はひたすら下がり続けるので、解散時期が遅れるほどに獲得議席が減ると思ったということである。
たしかに昨年末の世論調査では、内閣支持率78%、解散した場合の獲得議席は260というような楽観的数字が並んでいた。これを信じての短期決戦の決断だったのだが、思いがけなく、立憲民主党と公明党が新党結成をして、自民党穏健派を含む中道勢力の統合軸になると言い出したので、局面が一変した。こんな展開になるとは誰も思っていなかった。私が知る限り、この展開を予測していた政治評論家もジャーナリストもいなかった。
新党結成のためのすり合わせには、それなりの手間暇がかかる。両党ともにこの構想にかかわった人間は両手に余るほどはいたはずである。それにもかかわらずこの情報がリークされなかった。
この点が興味深いと政治学者の白井聡さんが話していた。政治部記者が嗅ぎつけていれば、すぐに官邸の知るところとなっただろうし、自民党の剛腕政治家が立憲民主党、公明党の党内にひそかな「チャンネル」を構築していれば、官邸だって、解散の当否についてもう少し詰めた議論をしただろう。それができなかったというのは、野党内のコンフィデンシャルな情報を獲る能力が今の自民党にはないということである。
「国対政治」という政治用語が55年体制の時にはよく口にされた。与野党の幹部が水面下で政策的なすり合わせをして、無駄な対立を避けて、それぞれ獲れるものを獲るという「談合」のことである。政治の堕落と腐敗を象徴するような用語だったけれども、それでも「国対政治」が可能だったのは、与野党それぞれに「カウンターパート」との間に人間的な信頼関係を築くことのできる政治家がいたからである。
それができる政治家が「剛腕」と呼ばれた。他党に、党是をまげてこちらの無理を聞いてもらうことができたからである。無理を聞いてもらえたのは、それ以前に先方の無理をできる限り聞いてきてこまめに「貸し」を作っていたからである。そうやって貯めた「貸し」を、ここ一番という局面で「一括回収」することのできる政治家が「剛腕」と呼ばれたのである。
与党にも野党にも、そういう政治家がいた。彼らはそれぞれ相手方の党の内部事情について、それなりに確度の高い情報をカウンターパートから受け取っていた。そして、それを小出しにすることで、彼らはそれぞれの党内で「他党の動きに詳しい人間」として重用された。地位が上がれば、それだけアクセスできる機密情報の質も高くなり、それだけそれぞれが党内で占める地位も上がる。ウィン=ウィンの関係、諜報戦で言うところの「ダブル・エージェント」である。
実際の諜報戦では、双方の政府部内にダブル・エージェントがいる国同士の間では、なかなか戦争が起きない。それぞれ相手国の内部事情がかなり正確にわかるからである。東西冷戦時代に第三次世界大戦が勃発しなかった理由の一つは、西側のトップシークレットが英国情報部の「ケンブリッジ・ファイブ」を通じて、ソ連に洩れていたからだと私は思っている。キム・フィルビーを初めとするスパイたちは愛国者を自認しており、彼らがソ連に情報を流したのは、主観的には英国の国益を守るためだった。そして、人類が想像し得る「最悪のシナリオ」が核戦争による世界滅亡だったとしたら、彼らはそれを回避することに結果的には貢献したのではないか。
話が逸れた。私が言いたいのは、今の日本の政党にはもう「ダブル・エージェント」を演じることができるだけの人物がいないということである。アメリカの情報でも、中国の情報でも、韓国の情報でも、日本政府の機密を与える代償に、質の高い情報を受領できるような力のあるエージェントがもういないということである(いれば高市首相の「台湾有事発言」のような軽率な発言は出てこない)。
立憲民主党と公明党の新党結成「程度」の機密さえ獲ることができないような情報収集力の乏しい(ということは、野党各党に信頼できるカウンターパートを持たない人々だけで構成された)政府がこれから混迷を深める国際情勢の中で適切に立ち回ることができるだろうか。たぶん無理だろう。
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