農政 特集詳細

特集:検証・アベノミクス

2013.04.10 
【検証・アベノミクス】インタビュー 浜矩子・同志社大学大学院教授 アベノミクスで格差拡大のおそれ一覧へ

・「人、モノ、金」が
国境を越える時代
・グローバル時代に迷走する国民国家
・WTOの理念こそ世界に貢献する
・アベノミクスで雇用は増えない
・足腰の強い共同体を新しい経済でつくる

 安倍政権の打ち出したアベノミクスによって株価は上昇し円高が是正されている。一部大企業では賃金アップなども実施されているが、多くの国民は経済状態がよくなったという実感は持てないでいるのではないか。それどころかTPP交渉参加も含め将来への不安が強まっている。アベノミクスは何をもたらすのか。日本と世界がめざすべきことは何かなど短期連載で有識者に聞く。
(聞き手は農村金融研究会の鈴木利徳専務理事)

デフレは一国だけで解決できない

◆「人、モノ、金」が国境を越える時代

浜矩子・同志社大学大学院教授 鈴木 最初に世界経済の大局観を伺いたいと思います。「グローバル化時代には企業活動が必ずしも自国の雇用を生み出すわけではなく、自国の税収増にも結びつくわけでもない」と折に触れて指摘されていますが、まずこれを説明いただけますか。
 浜 かつて「ユニクロ栄えて国滅ぶ」という論文を発表したことがありますが、まさにそれが起こり得る世の中になっているということです。
 アダム・スミスが『国富論』を書いた時代は、ユニクロが栄えれば必ず国も栄えるという関係にありました。それは人、モノ、金が今のようなかたちで国境を越える時代ではなかったからで、日本の企業ががんばれば、それは自ずと日本国内に経済的果実をもたらすということが一義的に保証されていました。しかし、今やそれは保証されない時代になっていることがやっかいなところです。
 鈴木 デフレの本質についても、グローバル化によって供給面での間仕切りがなくなったことによる物価下落と指摘されていますね。
 浜 まさに人、モノ、金が国境を越える時代になり、地球の裏側の、かつては縁のなかった地域に企業が出かけていき、すぐに生産拠点を構築することができてしまう環境になったということです。いわば地球規模での生産資源の最適配置を求める企業の動きが非常に活発になっていて、しかもこれまでには考えられなかったような生産体制を実現することができるようになってきている。
 ということはどこでも生産ができるし、最適な立地と最低のコストを実現しやすい環境になっているから、どんどんモノができてしまうことになる。慢性的に生産過剰になりやすい体質になっているということです。だから国境を越えて、大量に作られたモノの安売り合戦が一段と熾烈になるわけです。
 鈴木 そうしたデフレは一国だけで解決できるものではないとも指摘されています。
 浜 自ずとそうなりますよね。お互いが足を引っ張り合いながらデフレの淵にどんどん落ちていくということが容易に起こる。国境を越えたデフレスパイラルです。


◆グローバル時代に迷走する国民国家

 浜 つまり、人、モノ、金が国境を越えることによって、国境を越えることのできない国民国家というものがその存立基盤を突き動かされ、存立の危機に直面しているという状況になっているのです。
 ここをどう克服していくか、国境を越えられない国民国家と国境なきグローバル経済は、いかに相互に折り合うかという実にやっかいな問題に直面してしまっているわけです。
 しかし、現実問題としてはたとえば日本が世界に通貨戦争を仕掛けているのではないかというようなことが言われる。それこそアベノミクスなるものとは、円安を追求することで自国の利を確保しようということですからね。
 一方、米国もドル安で輸出を伸ばそうとしています。このような“通貨安神風”によって輸出主導型成長を実現しようという傾向が国々のなかに出てきており、それがぶつかっていく1930年代ばりの通貨戦争の様相も見えてきている。
 貿易面では、二国間あるいは多国間の自由貿易協定に走っている。これは結局のところブロック経済であり、まさに自分と自分の相性のいいもの同士の間で市場を囲い込み、独り占めしていこうという発想です。しかし、どんどんその方向に進むとグローバル時代は住みにくい時代になり、グローバル・ジャングルの住人たち自らがそのジャングルを破壊していくというかたちで永遠の暗闇に突入しかねない。
 そうではないグローバル時代との付き合いの仕方をわれわれは発見しなければいけないと思いますが、まだなかなか国民国家たちは、その勘所を見出していない。これが実情ではないかと思っています。


◆WTOの理念こそ世界に貢献する

農村金融研究会の鈴木利徳専務理事 鈴木 新しいブロック経済化、二国間や多国間の自由貿易協定よりも、浜先生は従来のWTO(世界貿易機関)の基本理念である「自由・無差別・互恵」という共生の論理を大事にした理念をもっと追求すべきだと主張されていますね。ただ、現実問題として加盟国が増えWTO交渉そのものが結論を出せなくなっているなかで、どのようなあり方があるのでしょうか。
 浜 ドーハ・ラウンドは完全に暗礁に乗り上げてしまったといいますが、暗礁に乗り上げてしまったことにしている、のです。私はそれはある意味で敗北主義ではないかと思います。国の数が多いから動きがとれないというのもご都合主義ではないか。やはり多角的な分かち合い、支え合いを実現していくためには、自由、無差別、互恵のやり方しかないともっと踏ん張ればそれこそ知恵はそれなりに出てくるのではないかと思います。
 FTA的な動きもWTOの外で勝手にやっているからこのような事態を招いているのであって、そうではなくあくまでもWTOの枠組みのなかで、とりあえず決着しやすい国の間で話を進める。しかし、それは最終的には全面的な自由、無差別、互恵的な完成形を作り出すプロセスである、という方式を編み出すこともできるのではないかと思います。やはり基本的にはやる気の問題だと思います。
 TPPはFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)をめざす道筋のひとつだと強調しますが、FTAAPも結局は囲い込みの会則に従うものだけを入れるという意味ではやはり地域限定性があり、広いか狭いかの違いだけです。広域がよりよい貿易のやり方だというのであればWTOでいけばいい。
 つまり、新しい通商フレームというものをグローバル時代は必要としていないんです。そこはまったくのはき違えだし、いくらカバーするエリアが大きくなろうと一人よがりのルールづくりであることには何の変わりもない。WTOの自由、無差別、互恵に勝るものはそこからは出てこないのです。


◆グローバル時代とは1人では生きていけない時代

 鈴木 先生の唱える『君富論』(きみふろん)もこの議論に関わるわけですね。
 浜 WTOの互恵主義を実現するための、いわば心意気というもので「僕富論」から「君富論」へ、です。僕富論とは自分の富さえ増えればいい、そのためなら人にいかなる仕打ちをしてもかまわないのだという考え方です。一方、君富論は、あなたの富が増えるように考えたい、という気構えを人々が持つということです。
 そういう発想を共有せず、みんな自分のことしか考えないのであれば、いくら新たなWTOの枠組みをつくっても、結局、事態は打開されていかない。
 実はグローバル時代について、われわれは非常に誤解して出発したという気がしています。
 どんな誤解かといえば、グローバル時代は自己責任、自助努力の時代であり、強いものが勝つ時代である、というものです。自己責任と自助によって強くならなければならないと考えてしまい、グローバルスタンダードは誰がセットし、それに誰がもっともよく従うことができるのかという淘汰の世界だと思い込んでしまった。
 しかし、実はグローバル時代は淘汰の時代ではなくて、共生の時代であり、奪い合いではなく分かち合いの時代で、誰も一人では生きていけない時代であるということです。その認識が幅広く共有されると、国民国家たちも国境なき時代をともに生きるための所作や精神性、まさに心意気というものが身に付くようになっていくのではないかと思います。

toku1304100603.gif
実物デフレと資産バブルが同時進行


◆余ったお金が投機に回るだけ

 鈴木 さて、今日のテーマのアベノミクスですが、安倍政権は無制限の量的緩和政策を打ち出しています。近視眼的に見るととりあえず株価の上昇と円高の是正が表面的にみれば見受けられますが、現時点ではどう評価されていますか。
 浜 株価が上がっているのも、円が安くなっているのも、人々がいわば“踊らにゃ損、損”と考えているからそうなっているわけです。安倍政権の経済運営に厳しい評価をし、こんなことはうまくいくわけがないと思っている人でも、とりあえずは価値判断抜きに、株は買っておいたほうがいい、円は売っておいたほうがいい、という感受性にしたがって市場は動いているだけのことです。これにアベノミクスなるものが正しかったなどと評価を与えるべきだというのはおかしいと思いますね。そういうものではなく、これが続く限りにおいてはその波に乗って儲けてやれ、とみんなが思っているから、こうなっているだけの話です。
 鈴木 長期的視野で見た場合に、無制限の量的緩和政策が何をもたらすとお考えですか。
 浜 実物デフレと資産バブルの同時進行ではないかと思います。つまり、実体的なデフレは全然払しょくされない一方で、金余りの度合いが大きくなるので、その余り金が海外に出ていく。また、出ていかないお金は非常に投機性の強い金融商品に投じられていくことになるでしょう。
 鈴木 今後、事態はどのように動いていくのでしょうか。
 浜 それこそ投資家たちは参院選までは株が下がることはない、円が高くなることはないだろうと思っているでしょう。しかし、それは参院選が終われば株が下がるだろうと思っているということですから、いわばそれが自己実現してしまう可能性は非常に大きい。
 しかし、このような市場を一定方向に誘導するという政策をとると、必ず自分たちの政策が市場の人質に取られてしまう。まさにそうなっているわけで市場をうまくコントロールしたつもりでも、実際は市場に振り回されているという感じです。


◆アベノミクスで雇用は増えない

 鈴木 つまり、物価を2%上昇させるという目標値を定めたわけですから、そこに到達できなかったら無制限の量的緩和政策は続けざるを得ない、と。
 浜 そうなります。だから、結局、“分かっちゃいるけど止められない”、というかっこうに次第になっていくと思いますが、そうするとますます実物デフレと資産バブルという歪みが大きくなっていきます。
 鈴木 国民の関心が強いのは雇用だと思います。アベノミクスによる国内の雇用回復はあるのでしょうか。
 浜 アベノミクスの雇用に与える影響は二つの側面があると思います。
 1つは公共事業を積み上げるので、そのプロジェクトが進んでいる間は一定の雇用の増加効果はあるでしょう。これは当然ですが、今の時代、公共事業の波及効果は限られています。すでにいろいろなインフラが整っているので、道や橋を一本増やしたところで、それが長い目で見た経済活動の浮揚効果を持つわけでない。つまり、恒常的な雇用力が高まるということはもはやないということです。そこが公共事業政策の浦島太郎的なところです。
 もうひとつは、政府・日銀は物価上昇をめざすと同時に賃上げも実現してくださいと注文をしていますね。プレッシャーをかけられているので経営側もボーナスを上げようとか、多少はベースアップもしようということになっています。一応、企業は要請に応じたかたちをとるのでしょうが、一方で経営者側は何を言っているかといえば、労働法制の弾力化、労働規制の自由化を非常に強く求めています。
 ということは、賃金単価は一応は上げたというかたちにしておきながら、実態は非正規雇用の割合を高めるとか、非正規雇用の職場環境を非常に劣悪なものにするようなかっこうで辻褄を合わせ、総人件費は変わらない、あるいはより引き下げるという方向に行くという恐れがたぶんにあるということです。


◆日本を救うには「分配」が大切

インタビューは4月上旬、同志社大学東京支部内で行った。 鈴木 輸出大企業のベースアップなどがテレビで報じられている一方、中小零細企業はそれどころではないため、格差が非常に大きくなるということですね。
 浜 格差はどうしても拡大し、不平等度が高まるということです。
 鈴木 ただ、今でも多くの国民はやはり成長に対する期待があると思います。アベノミクスが実物デフレ、資産バブルに陥る可能性が高いというなかで、成長力を高めるような政策があり得るとしたら、どういうものでしょうか。
 浜 今の世の中の状況からすれば、実をいえば成長への近道は分配を通じてではないかと思います。普通は逆だと言われますね。成長するから、その成長の果実を分配する、と。しかし、今のような日本の経済社会ではむしろ逆だと思います。
 賃金が上がらない、金利に頼って生活している人にとっては金利が上がらないということも非常な制約要因です。賃金と金利がまともな水準で、かつ経済実体に応じて動くという状態を作り出さないとだめだと思います。
 鈴木 それがアベノミクスでは達成できないということですね。
 浜 そうです。賃金単価は上がったようなかっこうになるかもしれない。けれども企業の採算上は人件費が上昇するようなことはやらないと思います。
 鈴木 そうすると選択すべき政策はどういうものでしょうか。
 浜 難しい問題ですが、やはりできることのひとつはゼロ金利を実質的にも解除して金利が動くようにするということではないでしょうか。労働分配率を高めると同時に、金利生活者にも分配を高めることをやらないといけないと思います。


◆足腰の強い共同体を新しい経済でつくる

 鈴木 先生はこれまでの著書のなかで「地球の時代は地域の時代にほかならない」、「内なる細胞分裂、すなわち地域社会、地域共同体が新たに自己展開することで活性化する」など、いろいろな表現を試みながら日本の新しいあり方を展望しようと提言されていますが、共通していることは地域社会の活性化ということと理解していいのでしょうか。
 浜 地域経済の単なる活性化ということではなくて、細胞分裂という言葉を使っているのがそこなんですが、いつもこの問題を考えると頭に浮かぶのが地域通貨というテーマです。今のような地域限定商品券からもっと昇格させて本格的な通貨性を持つ、その地域のなかで活動する限りにおいては、給料にしても教育費にしても地域通貨で支払うことができるというような体制になっていく可能性もあると思います。
 鈴木 もうひとつ「市民社会密着型の経済構造」という言い方もされています。それは今日的な社会の分業による人間疎外の問題を解決することにつながるのでしょうか。
 浜 市民社会密着型とは機能分業がそんなに徹底しないということです。みんながいろいろなことをやっている。この人はこれしかしない、こっちの人はこれだけ、ということになると人間疎外になってしまうわけです。単純な、シングルタスク(仕事、作業)で生きていると人間は創造性を奪われていく。
 市民社会密着型社会とはそうではなく、みんながマルチタスクでいろいろなことをやっていく社会です。東日本大震災のときにもよく分かったのが、ひとつの共同体のなかにいろいろな機能が生きている状態であれば、あのような大惨事が起こっても何とか支え合って生きていける、ということでした。多機能型の小宇宙というものが成立していないと、あっと言う間に経済活動も生活も行き詰まってしまうということをわれわれは目の当たりにしました。市民社会密着型の経済では、みんな寄ってたかっていろいろなことをやる。その意味では足腰の強い共同体が形成されることになると思います。
 鈴木 ありがとうございました。

一覧はこちら

このページの先頭へ

このページの先頭へ