農政:2013年を振り返って
和食に日本人の感性 東西の農民作家が対談、農業・農村の文化的意義を語る(星寛治氏&山下惣一氏)2014年1月10日
・食材数は世界トップ
・米国で評価されても…
・「文化は都会」と錯覚
・「変わらない」も大切
・稲作が生んだ勤勉性
・JAは生産に軸足を
2011年3月11日の東日本大震災から3度目の新しい年を迎える。「3・11」は、それまでの金、モノの経済から、人々のつながりや絆の大切さ、そして農業や環境の価値を見直す契機になった。しかしその後、景気回復の名のもとに再び経済成長路線が頭をもたげ、社会と人々の分断と選別が進みつつある。農業においてもTPP(環太平洋連携協定)や生産調整廃止などの政策転換の動きが強まり、農業・農村の将来に不安を与えている。1980年代、往復書簡「北の農民 南の農民」でこうした経済優先の政策に警鐘を鳴らした農民作家の星寛治さんと山下惣一さんに、あらためて今日の農業・農村の価値について聞いた(佐賀県唐津市の山下惣一氏宅で。聞き手は農政ジャーナリスト・榊田みどり)
「耕す」ことに価値
◆世界遺産登録を契機に
――新自由主義あるいは産業論で農業を語ると財界の農業論と同じになってしまいます。今こそ、日本の農業・農村の持つ文化的価値から論じるべきだと思います。昨年11月に、米を主食とした和食(日本食)がユネスコの無形文化遺産に登録されました。これは日本の農業を見直すよい機会になるのではないでしょうか。
星 和食が世界遺産に指定されたことはうれしいことですね、和食と言ってもさまざまなとらえ方がありますが、基本的には米の文化です。主食としての米があって、それに地域の風土のなかから生み出されたさまざまな食材があり、そこに住む人や料理の達人が技を注ぎ込んで、すばらしい食文化を育ててきました。
繊細な日本人の感性が和食には凝縮されています。食べておいしいことはもちろん、見た目も美しく、しかもそれぞれの地域風土に根ざした食文化が表現されていることが評価されたのでしょう。フランス料理や中国料理に比べても見劣りしない料理で、世界に広がるすばらしい要素を持っています。
(写真)
星寛治氏
◆食材数は世界トップ
山下 久しぶりにうれしいニュ―スです。懐石料理や薬膳料理がもてはやされやされていますが、そうしたム―ド的な一過性のものに終わることのないようにしなければいけません。米を中心とした和食が半世紀ぶりに認められたなという思いです。
昭和30年代、アメリカから粉食が入り、日本人の食生活が変わりました。当時、慶応大学の林髞(はやし・たかし)という先生が米中心の日本食を批判し、タンパク質を多く摂るようと主張しました。これに乗ってマスコミが「米を食べるとバカになる」などと吹聴したことがあります。
朝日新聞の「天声人語」でも、欧米の食生活を理想とし、肉や卵を主食にするよう主張していた。その後、日本人が和食を否定する時代が続いたのです。それが50年たって、汚名が晴れた。日本で日本食がブ―ムになるとしたら本当に情けない変な話です。
星 日本食は素材の持つ生命力をそのまま生かすところに特長があります。油や調味料を使うと、素材の本来持つ特性がカモフラ―ジュされますが、和食はそのまま料理することで、農の力が食卓まで生かされるという、世界でもまれな食文化だと思います。
山下 主食という概念があるのは和食だけではないでしょうか。畑作中心のヨ―ロッパでは三圃式農業ですから、穀物、畜産、野菜がそれぞれ3分の1ずつです。米は色でいうと「白」で、特に味がないので、副食のおかずや味噌汁などと合わせて“口中調味”します。一つひとつの料理が独立していないとおろが大きな特長です。
そして季節性があります。世界の食材を調べると、洋食が500種類、テ―ブル以外なんでも食べるといわれる中華料理で1500種類。これに対して和食はカロリ―計算表によると1878種類です。ハンバ―ガ―に季節性がありますか。和食はずっと季節を食べてきました。それを貧しいとか遅れているとかいって排除してきたのです。「青い鳥」は自分の足元にいた。そのことに気付いて欲しいですね。
星 優れた食感を持つ日本人ですが、最近嗜(し)好が広がって主食の比重が低くなり、雑食民族のようになったのではないでしょうか。特に子どものころからしっかりした食育がなされていなかったため、食卓がどんどん変化している。これが心配です。
――私たちの世代は逆食育されてきたということでしょうか。それがいま親になっています。伝統食の危機であり、本当に「遺産」になりつつあるように思います。
◆米国で評価されても…
山下 1977年にアメリカで出た「マクガバン報告」というのがあります。当時、アメリカで心臓病などの死亡者が急増し、このままの食生活を続けると医療費で経済が破産し、国が亡ぶというものです。そのとき理想の食生活として挙げられたのが日本食です。
そのころの日本人のPFC(タンパク質・脂肪・炭水化物)バランスは、15・23・62の比率でした。1人当たり年間の白米消費量は約77kgで一日に約210g、毎日3食大盛り1杯のご飯を主に、副食のおかずを添えて食べていた。それがマクバガン報告で理想とされたのです。ところが今は米の消費量は60kgを割り、脂肪の比率は30くらいになっています。このためアメリカと同じ病気が増えているのです。
人類の歴史は。食料が満足にあった時代がほとんどない飢餓の歴史です。従って遺伝子レベルで、飢えには強いが過剰への備えがまったくない。昔から、「腹八分で医者いらず。腹六分で長生きする」といわれてきた通りで、昔の食生活が理想的でした。今の若い人は親の年齢を越えられないと思いますね。
(写真)
山下惣一氏
◆米食中心の食生活に
星 よく言われていることですが、米と他の穀物でカロリ―を摂るか、家畜に食わせて畜産物で摂るかで大きな違いがあります。肉にするとお米の何分の1かのエネルギ―効率しかなりません。世界人口70億人のうち、いま10億人が飢餓に苦しんでいる一方で、食生活のバランスがだんだん崩れて肉を食べる人が増えています。農業をおろそかすると日本人も露頭に迷うことになりかねない。農業を見直し、米を中心とした日本食の原点に返るときではないでしょうか。
山下 食のメインがご飯かどうかで副食がガラッと変わります。パン食だとハムとかベ―コンとかで決まりです。米を食べないのは消費者の問題ですが、食べることは本人の自由なので、押しつけはできません。生産者である私たちがちゃんと和食を食べて実証していくことが重要です。
星 孫が大学生で東京の寮に入っているが、うちの米とか季節のものを送ってほしいといってきます。それもおばあちゃんに。寮の料理はワンパタ―ンでおいしくないといって自炊しています。考えてみると、高畠町では地域のお母さんたちが、畑でとったばかりの野菜を給食室に持ち込んでいた。それが50年続き、今も保育所から中学校まで手づくりの自校調理です。孫はそういう環境で育ったので、郷土の味を忘れていないのだと思います。まさに“身土不二”です。頭の中だけでなく、子どものときから食べ方・食育を継続して行うことが大事だと感じましたね。
山下 明治時代の医師、石塚左玄が「春苦味 夏は酢の物、秋は辛み、冬は脂肪と合点して食え」と食養医学を唱えている。まさにいまの食育です
――和食は、風土に根付いた地域の農業に深くかかわっています。世界遺産登録を農村文化の再評価につなげたいものです。学校で職業が農業だというのははばかられるような雰囲気がありました。どこか農業を軽視していたのではないでしょうか。
◆村を出る教育の歴史
山下 それは日本の近代そのものです。近代の文学は、「個」を確立して集団から出て行く、一旗揚げて故郷に錦を飾るという歴史でずっときた。学校教育は地域を守るのではなく村を捨てる教育だったのです。それがいま極限にきて和食が評価された。それを農業・農村の見直しにつなげていかなければならないでしょう。
農村文化というが、我―は伝統的農村文化を破壊してきた世代です。青年団時代、旧暦のお盆に地元の伝統とは関係ない歌や踊りをやり、それが活発な青年団として注目されもした。だが、その中でも亡ばなかったものがある、それは農業の成り立ちと関わっているものです。
日本の農村が運命共同体といわれるのはなぜか。それは水です。田んぼは自分のものだが、水はみんな一緒に使う。だから「和」を大切に、みんなで共に生きていこうという共生の思想が生まれる。一人では水路の掃除ができないでしょう。それが文化といえるのではないでしょうか。
古いところではわら屋根ふきの仲間を“造作(ぞうさく)仲間”と言い、助け合いの組織だった。農業を考える上でこの視点が大事です。私が住むこの地区の8割は段―畑や棚田で、幹線の農道だけで10本ある。1本2kmとして20km。この両面の草刈りが大変で、兼業農家だろうが高齢農家だろうが、地域に人が残ってもらわなければ困る。これがわが村の現実です。
(写真)
圃場で談笑する星・山下両氏(佐賀県唐津市の山下氏宅で)
◆「文化は都会」と錯覚
星 若いころ、農村社会は古くて閉鎖的だといわれ、古いものを壊すことにエネルギ―を注いできました。その延長で、文化は都会にあると錯覚してきた。それが“近代化”でエスカレ―トし、農村の大事なものが失われてきたと感じています。
山下 そう、因習だと思っていたことが、実は農村の文化だったものもあったのです。
星 近代化は必ずしも光の部分だけでなく、影の部分もあることに気付いた。いま近代化批判の芽が育ちつつあります。いろいろな話や、議論を聞き、近代化を超えるもう一つの道はないものかと探し求めた。それが有機農業だったというのが高畠町における私たちの取り組みです。併せて閉鎖的な社会の殻を破ろうとした。いつまでも昔ながらの地縁・血縁に縁どられた共同体では駄目だと考えたのです。
農村コミュニティの強いまとまりはしっかり守りつつ、エネルギ―を内側ではなく外に発し、開かれた共同体を再生しなければならないと考えています。内に籠ってはだめです。そして、よそから入ってくる人をよそ者扱いしないこと。そういう精神風土を醸成してきたので、高畠町では都会から移住してくる人が増えたのだと考えています。
山下 そこが私の考えと少し違うところです。外に向かって開かれた共同体が将来にわたって守れるのかどうか。閉鎖的といわれるが、文化はもともと閉鎖的なものです。佐賀県はあまり外部の人が入っていないが、外部の人が半分以上になったら、共同体や文化は無くなると、私は思うのですが。
◆農村共同体に外の風を
星 ただ、ここまで追い詰められた農村をみると、地域の住民の力だけで農業・農村の再生・創造できるのかどうか。これまでの垣根を越えて都市と農村か交流し、広げることで新しい活力を見出すようにしたいと思っています。村にある大事なもの、よいものを守りつつ、外からの風も受け入れていく。そのせめぎ合いの中で新しいもの、大事なものが生まれるではないでしょうか。
そのためには、農村にそれだけの魅力、引力となる文化がないとだめです。それが「耕す」こと、つまりもともとの「文化」の原意であるカルチャ―、それが人間として尊いことだという問題意識を持ちたいものです根底に、大地を耕して命の糧(かて)である食べ物を作っているのだという自覚が大事です。そこに出発点を置きたいと思っています。
◆「変わらない」も大切
山下 同感です。だが、なかなかそうならないところに問題があります。飽食の時代に食べ物が大事だということを教えるのは難しい。極端な言い方をすると、一度飢えを経験しなければ分からないのかなと思うこともあります。そういう時がきたとき、農村をみると、みんな幸せそうに暮らしていた。なにも変わらないことに価値があったということになるかも知れないと思ったりします。「地域おこし」を50年もやってきて、結果は農村社会を壊し、金やモノを増やしてきたが、都会には追いつけず、むしろ格差は広がった。私たちは何をめざしてやってきたのでしょうか
星 大都市の渦のなかにいて、本当に人間として日―充実して生きているのか。仮想現実の空しさをみんな感じているのではないでしょうか。もう一度大地に立ち、耕して命の糧をつくるという「文化」の原義に戻るしかない。そこに気付いた人たちが、農村に帰ったり、市民農園をやったりして、土に親しむ生活を始めようとしている。やはり人間性回復という本能のようなものがそうさせているのではないでしょうか。いま本当に幸せな人生か、生き方か、問い直す時代にきたと思います。
山下 都会と一緒に滅びないようにしたいものです。都会ではそういう不安があるかも知れない。しかし、私たちは農村にいて、亡ぶという恐怖感はまったくないですね。
◆人の命をつなぐ役目
星 政府は「攻めの農業」をとなえ、済効率を高めることに農業を追い込もうとしている。しかし、農業は経済価値だけに矮小化できるものではないでしょう。経済行為は一部分であり、自分の家族、地域の人―、都市の市民の命をつなぐという大事な役目を果たしています。
種を撒き、ポチッと芽が出て、それが日―生長し、枝葉を伸ばし、葉を広げ、実を実らす。作物のできの良し悪しの以前に、農民は作る過程に喜びを感じるのです。できたものを多くの人に分かち与える喜び、喜ぶ相手の手応え、こうした喜びを分かち合うところに農業の醍醐味があります。
――アメリカでは農地を求めて移動しますが、それに比べ日本では土地に対する執着性が強いと思います。どのような背景があるのでしょうか。
(写真)
聞き手・榊田みどり氏
◆稲作が生んだ勤勉性
山下 日本人が稲作を始めたことで水の傍に住み着き共同利用が始まった。稲作は手間がかかり、半年間収穫がない。日本人の特性である定住性、勤勉性と貯蓄性はこの稲作から生まれたものです。遊牧民や畑作のアメリカのようにあちこち移動できません。
私たちは金もうけが目的ではなく、そこで暮らしていくために農業をやっているのです。それが家族農業です。なぜ家族農業が強いかというと、生産と生活が一体化しているということからです。これは企業にはない特性であり、家族農業には向かないのではないでしょうか。
誇り持ち
「もの言う農民」に
◆いまこそ守りの農政で
星 農政はいままでの伝統的農業のあり方を大転換しようとしている。大規模化を進め、10年で8割の農地を集約するという。これはまさに国の主導で行う現代版エンクロ―ジャ―ム―グメント(囲い込み)です。生産コスト削減、高付加価値化、儲かる農業をめざし成長産業化を図るということですが、それは圧倒的多数の農家は農業をやめろということです。しかし、ひと握りの経営体、企業が入ってきて農村の環境、地域社会が維持できるのでしょうか。政府は農地中間管理機構をつくり、農地バンクのような機能を待たせるというが、これはあくまで経済活動の物差しで、農業を切っていこうとしています。
10年で所得倍増も、100人の農家の経営を数人でやるとなると、少数の農家の所得は増えるかもしれないが、農家全体の倍増にはつながりません。いまは攻めでなく守る農業こそ本来の姿ではないでしょうか。つまり命を守る農業、環境、命を守るという使命です。
◆地形・風土に即して
山下 農地は私有財産で、資産でもあります。TPP対応で大区画ほ場をつくるというが、入り乱れ、条件の違う私有地で、はたして順調に等価交換できるのでしょうか。また人が減っては農地の維持ができない。大区画化で8割の農家が農業を離れると、次の代にはそこに住む理由がなくなります。農業は、みんなで生きていくという方向でないとうまくいかないでしょう。この地区では5人や10人の経営で農地は守れません。
農業は、それぞれに地形や風土にあったやり方があるはずです。アメリカの大規模農業は、いわば略奪型農業で将来性はない。だからオ―ガニック農業や家族経営が注目されているのです。アメリカでもだめになっている農業の真似をしてどうなるというのでしょうか。
◆文化をテコに再生へ
星 平成11年の新農業基本法(食料・農村・農業基本法)では、農業の多面的機能を高らかにうたったが、その精神からすると、攻めの農業は大きく後退した感があり、時代錯誤です。つまり、農の世界のなかに人間の尊厳を込めるという視点がありません。現場で生きている私たちが声をあげ、実践して再構築していかないといけないということを強く感じています。あまりに経済だけに特化しようとしている捉え方に対して、文化をてこに農業を再生していく取り組みが必要です。
山下 和食の見直しとは、食と風土、農業を見直すということです。農業だけアメリカ型というのではおかしなことです。“外材和食”になりかねません。
(写真)
日本文化について語り合う星氏(左)、山下氏
◆JAは生産に軸足を
――JAサイドでどういうことができるのでしょうか。
山下 第一次産業における岩盤規制は農地法と漁業権です。これを民間に開放しようという流れが強まり、農協と農業委員会バッシングが始まるとみています。この流れを押し返さなければいけない。共通のスロ―ガンは協同組合設立の理念「一人は万人のために、万人は一人のために」です。これは人類共通の理想であり願いでもあります。
星 来年は国連の家族農業年です。いま世界の主流は家族農業です。力のある人が委託を受けるか、集落営農の形などで、数人の担い手がいれば共同体を維持できるでしょう。そして次の時代にバトンタッチしていく。歳をとって農業ができず、委託したいという人もいるのだから、大規模経営はだめというのでありません。ただ、共同体を支えるのは家族農業だという考えを忘れてはなりません。
山下 ただし企業では無理でしょう。規制改革会議などでは、地域と農地を切り離すべきだと言うがとんでもない意見も出ています。
星 一人ひとりが自立して参加するのが協同組合です。農協は営農指導にいまひとつ力が入らなかった。もう一度足元の生産活動、現場に立ち戻ってもらいたいですね。
――直接支払を中心とする補助金が多くても、EUの農民は農業にプライドを持っているように思います。日本の農民も同じようなプライドの持ち方ができないものでしょうか。
◆家族農業再生に望み
星 農業に対する価値観の違いです。フランスでは市民が農民を積極的に支援しています。穀物価格の暴落に抗議して農民がトラクタ―デモで高速道路を塞いだとき、パリの市民はそれを応援しました。日本と決定的な違いです。農民自身が、農を営むことの素晴らしさ、豊かさを自覚し、それを外に向けて発信することが大事です。TPPや農政の大転換など、国と農業の最大危機でありながら、依然「もの言わぬ農民」では仕方がありません。時にはものを言い、行動していくことが大事です。
そして、自らライフスタイルを変えていく姿勢が必要です。ヨ―ロッパの先端的な部分では「脱成長」という考えが広がりつつあります。「シンプルに、しかし心豊かに、気持ちは貴族のように」胸を張って生きていくという姿勢を取り戻さなければなりません。
山下 今年を家族農業再生元年にしたいですね。
――貴重なご意見いただきました。ありがとうございます。
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