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特集:緊急特集 TPP大筋合意―どうする日本の農業

2015.10.13 
日本国民はTPPへの拒否権を持っている一覧へ

太田原高昭氏 北海道大学名誉教授

 多くの国民や生産者が反対していたにもかかわらず、米国アトランタで行われていたTPP交渉が10月5日に大筋合意した。大筋合意への意見や今後の日本農業の在り方などについて、多くのご意見が寄せられている。これらのご意見を逐次掲載していくことにした。
 今回は、太田原高昭 北海道大学名誉教授のご意見を掲載する。

◆北海道内の受け止め方

太田原高昭氏 北海道大学名誉教授 TPP交渉は、議長国アメリカが日本を従えて、交渉参加各国の強い抵抗を押し切り、強引に「大筋合意」にこぎつけた。このことについての怒りの声が各方面から上がっているが、ここでは北海道の人々がどう受け止めたかということを中心に述べてみたい。
 共同通信社は大筋合意への評価についての世論調査を行っているが、全国では肯定派が58%、否定派が32%という結果になった。反対運動にとって多くのことを考えさせる数字だが、その中で北海道は「よくなかった」「どちらかと言えばよくなかった」が合わせて68.8%と肯定派(26.7%)を大きく上回っている。
 北海道で否定派が圧倒的に多いのは、北海道の農業構成と地域経済の在り方に大きくかかわっている。北海道の農業は稲作、畑作、畜産を三つの柱とし、国会決議が「聖域」とした米、小麦、甘味資源(ビート)、乳製品、牛・豚肉はいずれも北海道農業に欠かせない基幹作物である。
 また製造業や流通の分野でも関連産業が多く、北海道の経済全体が農林水産業に大きく依存している。北海道の経済団体連合会(道経連)や商工会議所(道商連)は「中央の経済会とは一線を画す」と宣言して、農業団体や消費者団体と共に「TPPを考える道民会議」を構成して、反対運動の「オール北海道体制」として全国的に注目された。
 TPPが現実のものとなれば、農業のみならず経済全体への否定的影響は計り知れない。すでに道内では昨年だけで200戸の酪農家が離農しており、しかもそれは高齢者や借金農家ではなくバリバリの中堅農家である。理由はTPPによる将来不安以外に考えられない。大筋合意によってこうした動きが加速されないか、大きな不安が北海道を覆っている。

◆国会での徹底した議論を

 TPP交渉は守秘義務のベールに包まれてきた。いいもわるいも、何が決まったのか、各国の主張はどうだったのか正確には何もわからない。大筋合意の後になってからも、新たに軽種馬や木材製品など北海道の重要産物についての関税撤廃が農水省から発表された。この分では国内の第一次産業がどこまで裸にされるのか、不安は増大する一方である。
 政府は全閣僚参加による「TPP総合対策本部」を設置する方針を示し、マスメディアの関心も国内対策に移っているようにみえるが、とんでもない。その前に政府は交渉のプロセスと結果の全てを国民に報告する義務がある。そしてそれが果たして国益にかなっているのかどうかを、国会の場で徹底して議論することが必要である。
 TPPはまだ終わっていない。これから協定文書を作成調印し、交渉参加国が自国に持ち帰り、批准手続きを済ませて初めて発効する。それまでにはまだ長い時間を要することになる。真実が明らかになったとき、果たして各国がそれを認めるのか、まだ何もわからない。国内世論もこの過程でどう動くか、予断を許さない。
 協定の発効要件は、一部の国の「脱落」を見越して、12か国のGDP総額の85%を占める6か国以上が手続きを済ませればよいとしている。日本のGDPは、一国で全体の15%を超えているから、日本が批准できなければ協定は無効となる。日本国民はTPP協定に対する「拒否権」を持っているのだ。

◆アメリカも批准に黄信号

 強引に「合意」を演出したアメリカの足元はどうだろうか。これも「盤石」にはほど遠い。大統領選挙の民主党候補として有力とされているクリントンは、これまでの立場を転換して「TPP反対」を明確にしたという。選挙基盤となる労働組合や環境団体の意向と、「1%の富裕層を利するだけ」というリベラルな世論を無視できなくなったからである。
 共和党では不人気なブッシュ候補が「賛成」といっているだけで、最有力と言われるトランプ候補も「TPPは悪い取引」と反対を鮮明にしている。これはオバマのやることは何でも反対というだけではなく、穀物メジャーや製薬資本などの強硬派が「もっと多くの成果を」と強い圧力をかけていることが背景にあるのだろう。このままでいけば、アメリカ議会が批准できないという事態もおこりかねない。
 他の交渉参加国も、今後のプロセスで「合意」の真相が明らかになれば、国民の強い抵抗にあうことになるだろう。そもそもアメリカが参入して以降のTPP交渉は、アメリカや日本の大企業が環太平洋地域を自分たちの庭にして、やりたい放題をやるためのものとなっていたからである。
 これらの国々の反対運動に火をつけたのは、疑いなく日本の運動である。その意味でも農協組織を先頭とするわが国の反対運動は、最後までその目的を貫く責任を負っていると言わなければならない。それは国内においては、農協と共に戦った広範な分野の人々への責任であり、国際的には交渉参加諸国の、反対運動に立ち上がった国民の願いに対する責任である。
 
◆調印と批准に反対する救国の運動を

 すべてはこれからのTPP協定書への調印と批准を許さない闘いにかかっているのだが、冒頭に紹介した世論調査の結果は運動の障害にならないだろうか。北海道での運動にかかわってきた人々は「ならない」と答えるだろう。なぜなら北海道の反対運動は、TPPへの世論を見事に変えた経験をもっているからである。
 北海道でも、当初はTPPへの世論調査で賛成が反対を上回っていた。このことを重視した道民会議は、地元新聞への1頁ブチ抜きの意見広告を連続して掲載するなど世論の喚起に努めた。また報道人や知識人を組織した「北海道農業ジャーナリストの会」は各種集会への講師派遣を積極的に進めてこれを支えた。こうした取り組みのおよそ半年後に世論調査の結果は逆転し、その差を拡大して今日に至っている。
 TPPの本質が変わらない限り、世論は運動に応えてくれる。今むしろ心配なのは運動の主体的条件である。10月8日に発表された全中新会長の談話には、「合意」への抗議は一切なく、「国内対策」の要請に終始している。官邸が仕掛けた「農協改革」の強烈な脅しは、全中に関する限り功を奏したようにみえる。
 これでよいのだろうか。新会長が公約していた「ボトムアップの組織」が本物ならば、JAグループは下から、各県組織から運動を再構築しなければならない。さしあたり10月の全国JA大会では、この問題をめぐって活発な討議がなされて然るべきであろう。国民が農協に寄せ始めた期待に応える救国の大運動を起こせるかどうか、正念場が眼前にある。

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