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特集:平成27年度農業白書

2016.05.24 
見えるか? 未来の食と農 「白書」らしい分析力を 田代洋一 大妻女子大学・横浜国立大学名誉教授一覧へ

 政府は5月17日の閣議で27年度食料・農業・農村白書を了承し、同日、公表した。巻頭特集はTPP大筋合意とその関連対策を取り上げた。また、本文では各章ごとに重点テーマを初めて設定し「食料自給力指標」、「輸出促進」などがあがっている。27年度白書をどう読むか。田代洋一大妻女子大・横浜国大名誉教授が分析した。

◆重点テーマ設定 誰にとって重点?

 今年の白書は、食料・農業・農村の各章の頭に、「初めて重点テーマを設け、白書として発信すべき項目を強調」した。重点テーマは、第1章が「食料自給力」と「輸出」の2本立て、第2章は「農業構造の変化」一本で、中項目を農業産出額、農地面積、農業経営体に分けている。第3章も「地方創生の動き」一本だが中項目はない。要するに各章バラバラの対応で統一性に欠ける。内容的にも1、3章は昨年度と同じだし、第2章は「重点テーマ」というには幅広過ぎる。なぜ「重点テーマ」なのか、誰(農業者、消費者、農政)にとっての重点テーマなのかの説明責任もある。要するに準備不足で、果たして来年度にも引き継がれるのだろうか。


◆TPP合意 薄味の巻頭特集

 冒頭の「特集」テーマをTPPにしたのはよいが、新情報や白書の独自分析はない。例えば昨年の通商白書はTPPを推進すべく日本の国際競争力の低下に徹底的なメスを入れ、攻める側の気迫にあふれていたが、守る側にそれがみられない。
 国内生産量や自給率に変化なしと政府試算を復唱しているが、国内消費が減少傾向のなかではそれは輸入が減るのと同義だ。しかるに米国の国際貿易委員会(ITC)は、予定通り5月18日、TPPの効果分析を議会報告し、対日輸出がコメ23%、牛肉50%、豚肉8%増など、小麦を除く重要5品目をはじめ農産物全体で4000億円増えるとした。農業白書の国会提出はその前日だった。日米ギャップの国会論議を避けるタイミングと言わざるをえない。
 TPPではGM等の扱いは発効後の委員会等に委ねられる。日本の農産物は7年後協議が義務付けられている。韓国等の参加国が早晩増える。他のFTA交渉にも影響する。白書はWTO交渉では「多様な農業の共存」を主張するとしているが、TPPの実態はその真逆である。白書は「今」しか語れないと自己限定した時に、TPPを語る資格を失う。なぜならTPPは「生きている協定」であり、問われるのは前方透視力である。


◆食料自給力-ガラパゴス島の指標

平成27年度農業白書1

 食料自給力を今年度の「重点テーマ」としたことで、農政は食料自給率から食料自給力に舵を切ったことを宣言した。食料自給力は、2009年・2012年白書では農業資源、労働力、農業技術から構成されるとした。しかるに今年度は、労働力、肥料・農薬・用水・機械・水利施設等が確保されているという「現実とは切り離された一定の仮定の下で試算された、潜在的な生産能力」だという。これでは生産諸力のうち農地面積と甘藷単収の変化しか反映しない「いも潜在生産力」だ。
 そんな「自給力」概念を前に出すことのミソは何か。まず輸出入といった貿易関係の変化を反映しない。「いも潜在生産力」では国際比較もできない。言ってみればガラパゴス化だ。TPPで実は自給率が下がることを必至とみて、自給力にすり替えたのだとしたら情けない。

平成27年度農業白書2 重点テーマ2は輸出促進である。円安で輸出は伸びているが、図1-7でも輸出先国のうちTPP参加国は22%に過ぎず、TPPの輸出促進効果は限られている。また加工食品が農産物輸出の50%を占める。食品製造業の加工原料調達は、輸入が31%を占め、2005年に比べ3.6ポイントも高まっている(図1-5-3)。加工貿易からの脱却には、TPPより安全性基準のクリアが課題である。

平成27年度農業白書3

平成27年度農業白書4 なお白書は食育を強調しているが、ここ2、3年朝食欠食率が高まっている(図1-3-6)。そういう原因分析こそが白書の仕事だろう。食品ロス統計調査による年齢別の食品ロス率が29歳以下や60歳以上で高い点なども興味深い(図1-5-10)






◆黄信号がともる強い農業の創造

平成27年度農業白書5

 農業の章の本来の「重点テーマ」は、離農加速、投資意欲の減退、新規就農の抑制といったTPPの農業構造への影響分析だ。その予測は困難だとしても、一般企業についてなされている投資意欲の意向調査ぐらいは出来たはずだ。
 叙述の範囲に限っても、プラスの記号が付くのは法人化、一般法人の参入、飼料用米拡大くらいで、明るい面に乏しい。
 農地については、荒廃農地面積は27万ha台で横ばいだが、2014年に初めて再生利用可能地(遊休地)を再生利用困難地が上回った(表2-1)。それは、荒廃地の経年化の結果なのか、再生利用されたためなのか。どうせなら、実際の再生面積を示した方がポジティブだ。
 農地中間管理機構事業は今年の白書の目玉になってよいはずだが、「目標を達成するには不充分」で「機構の意識改革と体制の改善」が必要だとしている。白書の公表直後、昨年実績も機構事業が集積の主役にほど遠い数字が示された。「意識」ではなく、利用権期間10年、誰に貸されるか分からないといった現実無視の「体制」設計に難がある。そういう原因を分析し「体制の改善」の方向を示すのが白書の責務だ。
 人については、基幹的農業従事者の減少率が近年では最大になったが、たんに「減少」ですまされている。白書は認定農業者が増加した一因を、経営所得安定対策から規模要件を外したことに求めているが、だとするとその効果は一過的だろう。法改正で、認定農業者等が農協理事や農業委員の過半を占めることとされたが、認定農業者は微増したに過ぎず登用には困難が予想される。
 農業経営については、集落営農の法人化が指摘されているが、雇用確保が主目的とみられる。白書は農業労働者の実態分析と労務管理、経営継承のあり方について本格的に論じるべき時がきた。
 生産調整の国による配分の廃止が近づいた。白書は、生産数量目標の自主的取組参考値を付して県別シェアを固定して配分したので、国からの配分がなくても県が生産目標数量を把握できるようになったとしている。要するに国の配分を固定しただけのことで、それで果たして国による配分なき世界に軟着陸できるだろうか。
 白書は「農協組織における主役は、農業者。次いで地域農協」とし、地域農協は「農業者の所得向上に全力投球できるようにする」とし、地域貢献や准組合員を全く無視している。
 なお白書は、環境保全型農業との関わりで、「『地力』の低下が顕在化」を指摘したが、掘り下げて欲しかった点である。

◆白書はどうあるべきか

 第3章の農村振興は、昨年度に田園回帰を特集した後では新味に欠ける。第4章の震災復興では、経営体数はとくに沿岸部で37%も減ったが、法人や大規模層は増えているとしている。白書は津波被害農家の調査から、農業所得が2010年に対して2014年には7割(福島は59%)しか回復していないことを推計した。こういう調査にこそ白書の真骨頂がある。
 新基本法は、「動向」と「施策」を分けて国会に報告することとしている。しかるに最近の白書は動向の客観分析よりも施策の宣伝臭が強く、このままでは「手前みそ白書」「ポンチ絵白書」化しかねない。「動向」本体は、「施策」に遠慮せず、独自の調査や統計に基づき、政策選択の歴史的位置づけ、政策の農業構造への影響といった白書しかできない分析をすべきだ。

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