農政:緊急特集:日米貿易協定
【緊急特集:日米貿易協定】鈴木宣弘東京大学教授 許すな! 嘘とごまかし 国会審議の焦点はここだ!2019年10月25日
日米貿易協定の国会審議が24日の衆議院本会議から始まった。政府はバランスのとれた交渉結果だと強調するが、農産品分野以前の問題としてそもそもこの協定の問題点を指摘する声は多い。今回はWTO違反の協定だといち早く指摘している鈴木宣弘東大教授と、農業を捨て石にした交渉結果だと批判する作山巧明治大学教授に聞いた。
◆トランプの都合に譲歩 国際ルール無視の協定
--今回の日米貿易協定はそもそもWTO違反だと指摘されていますが、現在の貿易ルールの基本からお聞かせください。
現在のWTO(世界貿易機関)と、その前身のGATT(関税貿易一般協定)は、第二次大戦前に各国がつまみ食い的に特定国の関税を引き上げるなどして排除するといった行動が戦争まで招いてしまったという反省から、戦後、とにかく貿易ルールは差別をしてはならないというルールを作ったわけです。つまり、二国間、あるいは複数国間のFTA(自由貿易協定)は基本的に禁止しました。二国間、複数国間で差別的な協定を結ぶことは戦前のような経済のブロック化の状況になりかねないからです。
ただ、例外として地理的に近い複数国が一国になるぐらいのかたちになるよう、すべて関税撤廃するといった協定であれば例外的に認めようということにしました。それがGATT24条で規定され、FTA域内では「実質上すべての貿易について」関税などを撤廃しなければならないとされており、具体的にそれは概ね貿易量の9割とされています。
実際、今までのFTAを調べた研究では85%を下回るものはないことが示されています。
今回、政府は米国側の関税撤廃率は92%と国民に説明していますが、これは自動車も含めた割合です。しかし、自動車と自動車部品の関税撤廃は約束されていません。したがって自動車関連の貿易額41%を差し引くと51%にしかなりません。過去のFTAで85%を下回った協定はほぼないのですから、これは前代未聞の国際法違反の協定だということです。
日本はもともとWTOを重視して無差別原則を崩してはいけないという立場をいちばん強調していました。その日本が今回はアメリカと一緒になって犯罪者になったようなものです。
--しかし、政府が公表した資料では「関税の撤廃に関してさらに交渉」と協定に明記した、と説明しています。
さらに交渉、ということは関税の撤廃は約束されていないということではないですか。実際、米国側の約束内容の英文も、関税の撤廃をするかどうかは今後の交渉次第という意味にしか取れません(Customs duties on automobile and auto parts will be subject to further negotiations with respect to the elimination of customs duties)。
こんなあからさま虚偽を言うのは信じられません。これが通用するとなると、他国もこれでいいのかということになり、品目を限ったつまみ食い協定がそこら中でできて、貿易ルールが錯綜して戦前のような混乱状態に戻ってしまう可能性もあります。とくに日米という巨大経済圏が国際ルール違反をやってしまえば、他の国も何でもありだということになり、貿易ルールの原則ががたがたになりかねません。そうなると日本がいちばん被害を受ける。日本は貿易が正常に動いていることによって利益を得てきた国ですから。
--この問題は国会審議でどう議論すべきでしょうか。
国会にこの英文をそのまま出して、この意味が、なぜ完全撤廃を約束したということになるのか、と政府を追及すべきです。
今のところ日本語訳は出さない方針のようですが、これまでの貿易協定で正文かどうかは別にしても日本語訳がないことなどほとんどないはずです。逆に今回非常に分かりやすいのは、日本語に訳したときに困るから訳さない、というのが本当の理由ではないでしょうか。
--農産物についてコメが「除外」されたとして政府は成果を強調しています。この「除外」とは韓国と米国のFTAで韓国のコメが除外されたのと同じように考えていいのでしょうか。
コメを除外したといいますが、協定には再協議規定が入っています。しかも奇妙なことに日本側の付属文書のほうに「米国は将来の交渉において、農産品に関する特恵的な待遇を追求する」との項目が入っています。これは強い米国の意志として、これで終わっているわけではないということを示しているもので、今回の「除外」は除外とはいえません。とりあえず入っていない、というだけの話です。
今回、コメを除外した理由は、トランプ大統領が関心がないだけの話です。簡単にいえばトランプ大統領の都合で、大統領選対策として牛肉など今もらいたいものはもらい、自動車に象徴されるようにやれないものはやれない、という話です。別の言い方をすれば、コメは民主党に絶対負けるカリフォルニア州への「いじめ」で除外扱いとなったわけです。
しかし、当然、米国のコメ団体は反発しています。再協議規定も入っていますから、当然何らかのかたちで再協議されることは前提とされているということであり、韓米FTAでコメが除外されたのと意味が違います。乳製品も米国枠の設定は先送りされましたが酪農団体も反発しています。
今回の協定はまさに国際貿易のルール無視でトランプ大統領の選挙対策に日本が協力するかたちで必要な部分だけを入れ込んだ協定であり、それに日本が乗らざるを得なかったということでしょう。TPPで約束した米国の自動車関税の撤廃は反故にされ、一方、米国にとって必要な牛肉、豚肉をはじめとした日本の農産物はTPP以上に差し出されることになったということです。つまり、基本的な貿易ルールを無視したつまみ食い的な協定であり、それに基づいてコメは除外されたから成果があったなどと言っても、そんなことは今の時点で判断できないということです。
とりあえずトランプ大統領の関心はここまでで、彼自身はこれ以降はどうでもいいかもしれませんが、米国全体とすればこれで済むわけではないでしょう。米通商代表部やほかの農業団体もこれで済むと考えているわけではなく米国としては必ず次の交渉を求めてきます。 米国がTPPでコメの7万t枠や乳製品で獲得した米国枠について絶対にもういらないというわけがありません。コメはもともとTPP交渉では7万tでは少なく、15万tにしろと主張していたぐらいですから、それが今回の交渉で終わったなどという話になるわけがないと考えておかなければなりません。
--協定文でさらに明らかになった問題点は?
牛肉についてはセーフガードが発動されたら、ただちに枠を増やして、次の年からは発動されないように協議していくことを交換公文で約束していることも判明しました。これではセーフガードではない。
要するに9%まで関税削減されるまでの間に関税が引き上げられることがないように数量を調整していくということです。ゼロ関税ではないですから完全自由化とはいえませんが、実質は輸入枠を広げていくということです。
それから政府は自動車の25%の追加関税について協定の誠実な履行中はそれを課さないことを日米共同声明で明記し、首脳間でも確認したと強調しています。
しかし、協定本文(第4条)に、協定のいかなる規定も国家安全保障上の措置をとることを妨げないと明記されています。自動車への追加関税は国家安全保障が理由ですから、この条文はその根拠となり得るものです。ですから、今回の交渉で追加関税を阻止できたと政府が説明するのも問題です。
【緊急特集:日米貿易協定】作山巧明治大学教授
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