農政:緊急特集:日米貿易協定
【緊急特集:日米貿易協定】作山巧明治大学教授 許すな! 嘘とごまかし 国会審議の焦点はここだ!2019年10月25日
日米貿易協定の国会審議が24日の衆議院本会議から始まった。政府はバランスのとれた交渉結果だと強調するが、農産品分野以前の問題としてそもそもこの協定の問題点を指摘する声は多い。今回はWTO違反の協定だといち早く指摘している鈴木宣弘東大教授と、農業を捨て石にした交渉結果だと批判する作山巧明治大学教授に聞いた。
◆農業「捨て石」の交渉 コメ含め再協議を警戒
--TPPから日米協定まで一連の日本政府の交渉をどうみますか。
安倍政権は米国追随で、独自の戦略はないことが露呈したと思います。
安倍政権は、選挙公約では農業団体を騙した上で、その後、政権をとったらTPPに参加し、一見、主導権を発揮した印象になりました。合意内容も結構うまくやったという評価もあったと思います。「例外なき関税撤廃」と言われましたが、それなりに例外は確保しました。ただし、「重要5品目は除外」との国会決議は守られていないので、そこはおかしいとの指摘は当然です。しかし、それ以上におかしくなったのは、米国がTPPから抜けてTPP11になってからです。
TPP交渉に参加する際に、安倍総理は「米国と経済圏を作る」と宣言しました。したがって、米国が抜けたTPP11の価値はないので、そこでやめるのが筋だったと思います。しかし、「米国をTPPに引き戻す」という新しい屁理屈を口実に、米国も含めて合意した農業の譲歩はそのままにして、TPP11を発効させたのが間違いの始まりです。そこが今になって、たとえばセーフガード発動基準がTPP11分に加えて今回の日米合意で米国分も加わるという問題になっているわけです。
日本政府は、「米国抜きでTPP11を発効させれば、米国は不利になるからTPPに戻ってくる」、と説明していましたが、実際は米国の怒りを買って、TPP復帰どころか、自動車の追加関税で脅かされて、一方的に譲歩した。それが今回の結果です。
TPP交渉参加を決めたとき、そのメリットとして米国の自動車関税の撤廃や、アジア太平洋のルールづくりが強調されました。しかし、今、その両方ともありません。日米貿易協定では米国の自動車関税の撤廃はできていませんし、物品だけの交渉ですからルールづくりもありませんでした。TPP11でルールを作っているといっても、それはアジア太平洋のルールにはなりません。
結局、WTO協定に違反して米国に自動車関税の維持を認め、農業をTPP並みに譲っただけです。
--しかし、政府は昨年の日米共同声明どおりTPPの範囲内で収まったとの評価です。
交渉というのはギブ・アンド・テイクのバランスですから、日本が農産品でTPP並みに譲るのであれば、自動車などで確保するものがなければいけません。それで初めてTPP並みになります。政府もTPP協定について、「自動車関税の撤廃やルールづくりで確保したから、農業でここまで譲った」という趣旨の説明を何回もしています。
したがって、昨年の日米共同声明がそもそもおかしいということになります。自動車関税の撤廃やルールづくりなどで確保するものが何も分からないにも拘わらず、「農産品でTPP並みに譲ります」、と言ってしまった。あれ自体が間違いです。日本が確保するものがないのに農業だけ譲ると宣言した今回の日米交渉自体、最初から日本の負けで、「農業は捨て石にされた」ということを理解する必要があります。
--協定文や付属書が公表されて、さらに明らかになった問題点は?
農産品については少なくとも4点ほどTPPを超えていると思います。
1つ目は、追加交渉が明記されていること。付属書に「米国は将来の交渉において農産品に関する特恵的な待遇を追求する」と規定されています。また、これとは別に共同声明には、「協定が発効して4か月後に関税などで追加交渉する」と書かれています。
日本政府は、これは自動車を想定していると言っていますが、付属書の規定と合わせると、農産品も協定が発効して4か月後に追加交渉が始まる恐れがあります。なぜなら付属書の規定には「将来の交渉において...」とありますが、将来とはいつでもいいということだからです。
こうした規定がなぜTPP超えかといえば、TPPでは「発効から7年経ってから初めて見直す」という規定になっているからです。7年経たないと相手国は見直しを提起できない。したがって、ここは大変な譲歩です。米国は共同声明と付属書のこの規定をセットとして、日本に農産品の追加協議を要求するでしょう。それを禁じる規定はどこにもありません。
茂木外相は、「自動車の交渉が先延ばしされたから日本はそれを提起する」といいますが、米国からすれば、自動車関税を撤廃するという一方的な交渉を受けられるわけがない。「自動車を議論するなら日本の農産品もさらに議論を」ということになりますし、それを断る条文はありません。非常に危険な規定です。
2つ目は、セーフガード(SG)の発動基準数量について、発動したらただちに再協議すると規定されていることです。これもTPPでは発効後7年目以降の見直しになっていました。すなわち7年間は、輸入基準数量を超えれば自動的にSGが発動されることになっているわけです。
そもそもSGとは自動的に発動されるものであって、発動されるとその基準がただちに見直されてしまうなどという協定は見たことがありません。これも大変な譲歩であり、SGの概念を否定するものです。
3つ目は、協定が2019年度に発効した場合は、チーズやリンゴ、オレンジなど多くの品目で、関税撤廃などの年限をTPP合意から1年短縮するとしていることです。4つ目は、協定が2019年度中に発効しなくても発効したことにするという規定もあることです。これはすでに発効しているTPP11に米国が劣後しないよう、「日本の手続きが遅れたら責任を取れ」という趣旨です。
農産品以外の問題点としては、米国の自動車関税が撤廃されていないことです。この点でずるいのは、9月26日の最終合意時に政府は「更なる交渉による関税撤廃」と発表したので、みな関税を撤廃すると思いましたが、10月18日の署名時の資料では「関税の撤廃に関してさらに交渉」と変わっていることです。これでは撤廃するとは読めません。
さらにずるいのは、これは米国側の約束なので和訳はありません。政府の魂胆は、協定が英語(※)しかないのだから、和訳を歪曲して「撤廃していないものを撤廃したように書く」というものでしょう。これらを国会で追及してもらいたいです。
--政府としてとるべき対応についてはどうお考えですか。
今回の交渉結果は日本の「完敗」であり、米国に対する日本側の交渉力はまったく期待できないということだと思います。
そこでできるとすれば、TPP11交渉時にやるべきだったセーフガードの発動基準数量の削減です。「TPPへの米国復帰が見込めないときには発動基準数量を見直す」といっているわけですから、その約束を実行してTPP超えを回避してもらう。そこで、豪州やNZ、カナダが納得するのかという指摘がありますが、TPP11のなかでは日本の立場は強いし、豪州などはTPP11を維持したいと思っているはずです。そうだとすれば、冒頭に指摘したように、日本にとって米国復帰の見込みがないTPP11には価値がないわけですから、日本の脱退も示唆してSGの見直しを強気で交渉すべきでしょう。
※米国の付属書にある自動車関税についての英文は以下。
Customs duties on automobile and auto parts will be subject to further negotiations with respect to the elimination of customs duties
(さくやま・たくみ)
1965年岩手県生まれ。博士(国際経済学)。88年に農水省に入省し、国際交渉官(TPP担当)などを経て、13年から明治大学に勤務。専門は貿易政策論。近著は『食と農の貿易ルール入門』(昭和堂)。
【緊急特集:日米貿易協定】鈴木宣弘東京大学教授
許すな! 嘘とごまかし 国会審議の焦点はここだ!
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