農政:東日本大震災10年 命を守る協同組合
【特集:東日本大震災10年 命を守る協同組合】被災地で「新しい農業」へ挑戦(1)岩手・農事組合法人「大槌結ゆい」2021年3月10日
3・11東日本大震災に伴う大津波は、東北の太平洋沿岸の農地に壊滅的な被害を与えた。震災後10年経ち、その復旧がほぼ終わった。区画整備も進んだが、肝心の農家の営農意欲は、必ずしもこれに伴わず、耕作放棄されている農地も少なくない。そのなかで、施設園芸や規模のメリットを生かした新しいスタイルの農業に挑戦する生産組織が生まれている。条件不利地の岩手県三陸海岸で、規模は小さいものの、新たに施設園芸に取り組む農事組合法人と、耕地条件に恵まれJAグループがモデル的経営として期待する宮城県の大規模農業生産法人の挑戦をルポする。(取材・構成:日野原信雄)
新規就農の後ろ盾に 放棄地拡大に危機感
岩手・農事組合法人「大槌結ゆい」

まだ地力は十分でない復旧水田と「大槌結ゆい」のパイプハウス
岩手県の大槌町の中心を流れる大槌川の下流に、10~30aに区画整備された5haほどの水田がある。「農事組合法人大槌結ゆい」の、いわば原点となったところである。ほ場の一部には数棟のパイプハウスが並ぶ。町の大半を山間地で占める大槌町では、平地にある数少ないまとまった水田でもある。
Uターンが担い手に
この水田が、「大槌結ゆい」に任された。法人の前身は震災前から5、6人で取り組んでいた産直グループの農事組合法人・産直「結ゆい」で、青空市やスーパーでのインョップで自分たちの野菜を直売していた。震災後、使えなくなったJAいわて花巻の予冷庫を借りて直売をしたり、仮設住宅への移転で買い物が不便になった入居者向けにワゴン車による移動販売をしたりしていた。
当時、水田を復旧したものの、高齢化した所有者に耕作の意思がなく困っていた行政が、この活動に目をとめた。
2016(平成28)年、農業経営ができる2号法人に切り替えて、復旧した水田の担い手になった。ただ表面的にはきれいに区画整理されているものの、この水田がくせものだった。客土に山土を使ったため地力は低く、耕土も浅かった。海抜1mほどの水田は水はけもよくない。当初の米の収量は普通の水田の半分もなかった。ソバが全滅したこともある。
毎年、少しずつ耕土を厚くしてキャベツやハウス栽培のピーマン、ホウレンソウなどを栽培し、5年経過したいま、水田の利用に関して「何とか見通しがたった」と、「結ゆい」の代表理事・佐々木重吾さんはいう。
2017年には、農林中金からの助成やJAいわて花巻などの支援を得てパイプハウスを建設。このハウスを担当するのは震災を機にUターンした小豆島一欽さん(43)だ。小豆島さんは同町の海沿いに住んでいたが、津波で父親とともに自宅が流された。法人が経営する水田のあるあたりは、自転車で通学した思い出の場所でもある。四季折々の田んぼの様子が原風景として小豆島さんの頭に残っている。
「工場の仕事の流れ作業の中にいると、人は歯車の一つのようなもの。働きがいが感じられなかった」と、仕事に疑問を感じた小豆島さんは、モノづくりの喜びを味わいたいという夢を農業に求めた。「大槻結ゆい」の従業員は小豆島さんを含め、フルタイムの通年雇用が2人、収穫期の季節雇用4人。
ハウス野菜に賭ける
同法人代表の佐々木さんは、この法人とは別に水田の請負も行っており、「結ゆい」の実際の作業は小豆島さんが担っている。野菜ハウスは、現在の復旧水田の12aのほか、別の場所に20aがあり、合わせて32aにピーマン、ホウレンソウを栽培し、JAの直売所などで販売している。
代表の佐々木さんは米作農家で、法人の水田を一手で引き受けるほか、受託を含め水田の経営面積は20ha近くになる。零細規模の多い大槌町では、高齢化で米づくりをあきらめ委託を望む農家が増えている。
これからの地域の農業について、「平場の水田は『結ゆい』で引き受けられるだろうが、区画整理のできていない山間部の農地は難しい。耕作放棄地が増えるだろう」と心配する。
もともと「大槌結ゆい」は、震災後の被災者の雇用対策で法人化した面もあり、JAの地元の遠野地域担当理事である佐々木さんにとって、農業で地元の雇用を創出し、震災復興の手助けをしたいとの思いがある。小豆島さんのような新規就農も増やしたいと考えている。

野菜栽培で打ち合わせする代表の佐々木さん(左)と担い手の小豆島さん
地域振興のモデルに
将来の地域農業を見越すと農地の維持は欠かせない。佐々木さんは「結ゆい」の経営を農業による地域振興の一つのモデルにしたいと考えている。「農業は生物を相手とする、自然の原理に沿った息の長い、途切れることのない仕事であり、地域おこしに必要なのは農業だ」と、大きな自然災害に見舞われた経験を踏まえて、そう思っている。
JAいわて花巻の伊藤清孝組合長も、「農地が少なく、農家の高齢化が進んでおり、個人の力で何とかできる段階ではない。条件の悪い沿岸部で、『結ゆい』の取り組みに期待している。特に園芸は管内で振興している作目であり、沿岸部の経営モデルとして、営農指導を強化して積極的に支援していく」と、同法人の取り組みに期待をかける。
被災地で「新しい農業」へ挑戦(2)宮城・やまもとファームみらい野
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