農政:許すな命の格差 築こう協同社会
【特集:許すな命の格差 築こう協同社会】和歌山県JA紀南・山本治夫組合長に聞く 「理念」「経営」両立を追求2021年6月21日
和歌山県のJA紀南の山本治夫組合長は、「NGOでもNPOでもないJAは、地域を守る活動と経済活動をいかにリンクさせるかが課題だ」とJAの経営の要諦を述べる。このため加工を中心とする梅産地の維持・発展に力を入れ、販売事業の拡大を目指している。一方、全国的に広域合併が進むなかで、組合員との関係が疎遠になると、協同組合の基本である信頼関係が弱まることを心配し、組合員との接点づくりの必要性を強調する。
(農協協会参与 日野原信雄)
JA紀南・山本治夫組合長
信頼を重ね地域貢献
――JAの役割は、地域農業の振興にあると言っても過言ではありません。平地は少ないものの、管内は温暖な気象条件に恵まれた地域です。どのような地域農業の将来ビジョンを描いていますか。
一部の果樹を除き、兼業農家がほとんどで、経営者の高齢化が進み、耕作放棄地が増えています。受委託によって規模を拡大する経営もありますが、やはり高齢化と、基盤整備が進んでいないため、受託農家の負担が大きくなり、これ以上の規模拡大は望めません。
本所のある田辺地区とその周辺は古くから梅の産地として知られ、全国一の生産量を誇っています。海岸部には梅のほか、ミカン、スモモなどの果樹、それに南部では野菜の栽培を勧めていますが、難しいのは山間部の農業振興です。
山間部は高齢化と人口の減少で過疎化が進んで耕作放棄地が増え、イノシシ、サルの獣害が酷くなる一方です。こうした地域の農業と農地をどうやって守るか。行政を含めてJAに課せられた課題になっています。
梅を新植して経営規模を拡大したいという意欲ある若手の担い手はいます。水田でも、農地集積で10~20ha規模の経営も育っています。農地中間管理機構などで2020(令和2)年度50haほどの農地を集積しました。
このところ梅の価格は比較的安定しており、経営規模拡大を望む意欲ある若手が育っています。今はコロナ禍で難しくなっていますが、JAとして、出向く営農活動を強化し、担い手の育成に力を入れています。ただ、梅の栽培適地はすでに利用されているところが多く、条件のよい農地が少なくなっています。
高齢化で耕作をやめる農家の農地を有効利用するため、JAでは賃貸や売買による農地の集約を呼び掛けています。しかし、農家は水田に永年作物の果樹を植えることには大きな抵抗があり、なかなか流動化が進まないのが実情です。
園芸複合産地へ
山間部から海岸部まで、それぞれの地域の特性を踏まえたさまざまな農業が行われています。梅やミカンは一定の安定した収入は確保できます。JAとしては、それらの品目を主軸に、スモモ、中晩かん類、さらに野菜、花きなど加え、目指すは園芸の複合産地づくりです。
――JA紀南の梅の販売取扱高約70億円に対して、約40億円の加工品販売高があります。なかでも「南高」の梅干しは全国ブランドになっています。梅の将来性をどのようにみていますか。
梅は農家所得の安定につながる重要な品目です。金融面でもJAの経営にも大きく貢献しています。梅の加工は合併前の旧紀南農協のころから取り組み、その事業を引き継いだもので、長い歴史があります。
梅干しの製造・流通は複雑です。生産農家の段階で1次加工して貯蔵、これを9月ころJAや業者が買い上げ、工場で2次加工・製品化して販売します。1次加工は生産農家が行うので、そのための手間や施設が必要です。加工は昔からの地元の業者が多く、大小合わせて250社以上、大手だけでも10社以上の加工業者がおり、生産者にとってJAは取引先の一つです。
JAにとっては当然、同じエリアで原料を集める業者はライバルでもあります。不当な価格で生産者が不利にならないよう調整するのがJAの役割であり、時には、原料梅を融通しあい、地域の梅産業発展のために協力することもあります。
梅に限らず、JAの役割は組合員の農産物を、いかに高く売り、所得を増やすかにあります。向こう5年くらいの地域農業の見通しはともかく、今の農政のもとで、長期的なビジョンはなかなか描けないのが実情ですが、作ったものが高く売れれば自信をもって生産者に勧められます。
梅は加工の用途が広く、さまざまな製品が生まれており、トータルとしては将来性のある品目です。これからも加工品の開発に力をいれていくつもりです。
――いくつかの県1JAが誕生するなど、全国的にJAの広域合併が進んでいます。昨年、本紙が企画した「私の意見・提言」(2020年8月20日『JAcom』掲載)でも、合併によって組合員との信頼関係が薄くなることを心配されていましたが。
JAは合併の歴史といわれるように戦後、合併を繰り返してきました。しかし、広域や県1JA合併を想定したとき、網の目が粗くなり、JA組織として都合のよい組合員だけとの関係にならないかと心配しています。経営体としてのJAと「組合のため」、「地域のため」というJAの理念と、どう折り合いをつけるか、常に悩むところです。
准組対応が不可欠
事業改革で、ある支所を廃止した特、利用者の利便を考えATM(現金自動預払機)を設置しましたが、利用者が少なく、廃止したことがあります。JAが地域に貢献することは当然ですが、そのためにはJA経営の収支バランスを考え、貢献に必要な原資を生み出す必要があります。
特に地域の人々の生活に深く係わる生活購買事業はAコープ以外赤字ですが、これを黒字にしたい。そのためには准組合員の利用者を増やす必要があります。幸いJAの直売所利用は増えています。こうした利用者はJAに、何らかの共感を持つ人です。そこから組織化していこうと考えています。JAとして10年くらいのスパンで取り組むべき課題だと思います。
――JAの経営は一層難しくなると想定されます。これからJAにはどのような人材が求められるのでしょうか。
合併当初は、JAに就職を希望する人の応募が多かったのですが、この数年、減少しており、また、せっかく就職しても数年で辞める人が増えています。農協とは相互扶助の組織です。JA綱領にもあるように大きな社会的使命がある。このことを若い職員に徹底して教育する必要があると考えています。
かつて、若い職員は生産現場の集落で教えられ、鍛えられました。それが、いまは農家のほとんどが兼業になり、日常的に組合員とJAの職員が顔を突き合わせて仕事をする機会が少なくなりました。それにこのコロナ禍です。
若い職員にはできるだけ支所の会議に出るよう働きかけていますが、うまくコミュニケ―ションができません。このため現場の農業を知ってもらうよう、若い職員を中心に年に1回、秋の収穫で農業実習をさせています。
協同組合であるJAは人の組織です。昨年は地区座談会がまったくできませんでした。組合員とJA職員の接点がなくなると、信頼関係が薄れ、農協として成り立たなくなります。この状態が長く続くと心配です。
上司が意識して協同組合の価値について積極的に機会をつくり、教える必要があると考えています。
【JA紀南の概要】
▽組合員数=5万3,249人(うち准組合員4万3,620人)
▽貯金残高=2,581億9,844万円
▽長期共済保有高=5,838億4,328万円
▽販売品販売高=65億388万円(うち直売所6億4,607万円)
▽加工品販売高=36億3,251万円
▽購買品供給高=37憶1,210万円
▽店舗供給高=66億608万円
(2020年度末)
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