農政:許すな命の格差 築こう協同社会
【特集:許すな命の格差 築こう協同社会】現地ルポ:和歌山県・JA紀南 梅を主力に持続可能な地域共生へ 産業化で若者の定住支援2021年6月17日
和歌山県のJA紀南は温暖な気候を生かし、日本随一の生産量を誇る梅の産地だ。梅を主軸に、ミカン、晩かんなどによる総合園芸産地づくりに取り組んでいる。一方で、梅を中心とした果実の加工事業で農産物の付加価値を高め、生産者の農業所得の向上に大きく貢献する。また、近隣のみなべ町と田辺市は、2015(平成27)年、「みなべ・田辺梅システム」で世界農業遺産に認定されており、梅を介した持続可能な地域社会づくりの一翼を担っている。(取材・構成:農協協会参与 日野原信雄)
一時加工の生産者による天日干し
世界農業遺産と共に
JA紀南は、紀伊半島南西部に位置し、田辺市から本州最南端の串本町までをエリアとする本州最南端のJA。黒潮の影響で、年平均気温17.5度、1月の平均気温6~7度、年間降水量2000ミリと、温暖な自然条件に恵まれている。ただ、耕地条件は十分とは言えず、平地は海沿いの一部に限られ、管内の大半はユネスコの世界文化遺産の熊野古道の熊野三山につながる山間地からなる。
こうした地理的条件に合わせ、同JAは果樹を主軸とした総合園芸産地づくりに挑戦する。全国ブランドで知られる「南高梅」を始め、温州ミカン、中晩かん、スモモ、それに花き、野菜など、果樹を中心に多くの作目がある。
同JAの事業の特徴は、こうした農産物の付加価値を高める加工事業にある。2021年度の加工品販売高は約36億円。うち梅干しを中心に梅ジュース、梅肉など、梅の加工品が約28憶円で、加工品全体の8割以上を占める。
和歌山県の梅の栽培は歴史がある。17世紀(1600年代)、紀州藩田辺領でやせ地や傾斜地などの栽培は租税を免じたことから始まったと言われ、副業的に栽培する農家が増え出したのは大正時代の初めから。そのころから加工販売する梅干し商の組織化が始まり、本格的な販路開拓がはじまる。
戦後は1954(昭和29)年に開かれた上南部(現在みなべ町)梅優良品種選定会で1位になった品種に、5年にわたって選抜に協力した南部高校園芸科にちなんで「南高梅」と名付けられた。果肉が厚くて柔らかくて梅干しに適し、栽培が広がった。
梅の流通は大別して2通りあり、青梅(生梅)の市場出荷と、梅干し加工での出荷がある。このうち梅干し用は、木で熟して落果したものを収穫し、塩漬け・天日干し、タル詰めなどを生産者が行う第一次加工から、JAや業者による味付けや減塩処理、製品化(第二次加工)まで多くの工程がある。
国連食糧農業機構(FAO)の世界農業遺産認定は、食料および生計の保障、生物多様性機能など、多くの条件があるが、「みなべ・田辺の梅システム」は、(1)就業人口の70%が梅生産および関連産業に従事(2)梅との複合経営品目としての多様な農産物生産(3)地域で発展した梅加工技術(4)梅に育まれた地域の絆――などが評価された。いずれも行政とともに、JAが取り組んできたことである。
加工で付加価値創造
2割強が梅生産者
梅加工品
梅の生産者からなるJAの梅部会は2300人余りの会員を持ち、正組合員約9600人の2割強が所属する。「梅は農家所得の安定につながる重要な品目で、金融面でもJAの経営に大きく貢献してきた」と、山本治夫組合長は、JA経営における梅産業の重要性を強調する。
ただ、梅は天候に左右されやすく、年による収量の変動が大きい。近年では2017(平成29)年の不作、18年豊作、そして20年は平年の半作と、数年ごとに豊凶を繰り返しており、安定生産が重要な課題になっている。
JA梅部会の調査によると、26年生以上の老木が2割以上ある。白干し梅(一時加工した梅)の価格保障契約も行っているが、産地維持のため改植による園地の若返りに取り組んでいる。
また、担い手の確保にも力を入れている。梅干し生産の場合、専業でやっていくには1haほどの園地が必要になるが、それ以下では経営が難しく、兼業農家が多い。ただ、豊凶や価格の差が大きく、収穫作業も大変で、産地を維持するためには担い手の安定確保は欠かせない。
このため、新規就農者奨励制度を活用した研修や、U・Iターンなど就農従事者へは行政など関係機関と連携して農業技術の習得から就農・定着までJAの総合事業を生かした支援を行っている。
また、定年帰農者や女性を対象とした農業塾や、休日に兼業農家を集めて梅のせん定講習会などもある。さらに規模拡大をめざす生産者のため、農地中間管理事業による利用権設定、遊休農地の解消や賃貸の斡旋(あっせん)を目的とする再生可能な農地の調査を行い、栽培可能な品目の検討など、担い手支援に積極的に取り組んでいる。
担い手を育てるには、農業で生活できる所得の確保が欠かせない。JA紀南の加工事業はその役割を果たしており、6カ所の加工場が稼働する。その拠点となる中芳養(なかはや)加工場の濱口貴旭工場長は、「この2年ほどは単価がよく、生産者の生産意欲が高まっている。コロナ禍で、農業・農村の価値が見直され、梅を作ってみたいという若い人も増えている。所得が確保でき、魅力ある農業が実現できれは、定住してくれる可能性もある」と、将来を展望する。
住民と連携女性会活動
このようにJAは梅の生産を通じて地域経済に貢献しているが、経済事業以外でも地域でさまざまな活動を展開し、JAの存在感を示している。同JAの女性会(他県ではJA女性部)だ。JA紀南の組合員組織で、梅部会、直売部会に次いで会員の多い組織で、准組合員も含め、1400人ほどの会員を擁し、消費地におけるJAの宣伝隊の一員として、梅の料理や効用のPRに参加。
子どもたちが食べ物や調理を学ぶ「なかよしクッキング」や、親子に食農の大切さを伝える「おやこ・で・あぐりスクール」、高齢者の生きがいづくりを応援するミニデイサービスなどが定着している。
いまはコロナ禍で停滞しているが、「いまやれることを精いっぱいやって、地域にJAを発信していきたい」(事務局のJA紀南経営企画部ふれあい課)という。
梅干し製造工程
梅と言えば初夏の果実のイメージだが、青梅で食べることはなく、加工品として使われる。中でも梅干しは代表的な加工品で、その製造には多くの工程がある。大きく生産農家による1次加工と、JAなどの加工場による2次加工の2工程に分けられる。
衛生管理を徹底した加工場の選別作業(中芳養加工場)
<収穫~1次加工>
(1)収穫が始まるのは2月から。青梅のほか、完熟する前の南高梅を梅酒や梅ジュースとして出荷する。
(2)樹上で完熟し、自然落果した「南高梅」を収穫。園地一面にネットを敷き詰めクッションにする。
(3)収穫後、すぐに生産者の倉庫で選別。
(4)サイズ別にタンクに保存し、梅雨が明ける前まで漬け込む。
(5)天日干する。
(6)等級・階級別に選別し、10キロ単位でたるに入れ、原料梅としてJAの加工場に出荷する。
<加工~商品化>
(1)9月、生産者から買い入れた原料梅を商品規格に沿って再選別する。
(2)洗浄後、脱塩工程を経た梅干を、うす塩味、しそ味、はちみつ味などの専用の調味液に漬け込む。
(3)約3週間後、理化学検査・微生物検査などを行いパック詰め。金属・異物検査をして出荷する。
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