JAの活動:米価高騰 今こそ果たす農協の役割を考える
農協悪玉論の理不尽 農協こそ日本の農の「最後の砦」 京都大学教授 藤井 聡氏2025年8月8日
米価高騰で農協に厳しい視線が注がれたが、現場の実態は異なる。農協は米価安定と国民経済を守るため、自らの手数料を減額し身銭を切って対応してきた。政府保護が乏しい中、日本の農を守る最後の砦としての役割と、その公共的使命を京都大学・藤井聡教授が説く。
京都大学教授 藤井聡氏
"公共組織"の重要性誇れ
進次郎2000円米で、米価の本格的下落は生じていない
令和7(2025)年の参議院選挙やその後の関税交渉、石破おろし等でテレビや新聞メディアの話題が持ちきりとなり、最近ではめっきり取り上げられなくなった「米価高騰問題」。参議院選挙の直前では連日朝から晩まで「小泉進次郎氏による2000円米」の話題がテレビで取り上げられていたのも一昔前の話だ。
その背後には米価問題が一定の落ち着きを見せていることもあるやに思える。例えば令和7年8月現在、2000円以下の備蓄米が(ブレンド米等の形も含めて)市中に流通し、「平均」米価が日々下落してきている。
しかし備蓄米を含まないいわゆる「銘柄米」は、ほとんど下がらず4000円代前半を維持し続けているのが実態だ。つまり、専門家各位からあらかじめ指摘されてきたように現下の米価は「二極化」してしまったわけだ。
そもそも安価な備蓄米が流通している限り、一般の銘柄米の売れ行きは瞬間的に下落することもあり得るが、だからといって価格が本格的に引き下がることなど無い。銘柄米の価格は数カ月や半年程度の中期的期間での需給バランスで変動するもので、かつ、備蓄米の数量が限定的であり、しかも備蓄米があっても銘柄米を買い続ける消費者層が確実に存在している以上、中期的期間の銘柄米の需給バランスは大きな影響を受けず、結果、価格は大きく変動することなどないのだ。
「農協悪玉論」は100%純然たるデマである
この米価高騰が問題になったとき、マスメディアは盛んに「流通業者が、この機に便乗して金もうけをたくらみ、値段が下がらないように米を出し渋っているから米価が引き下がらないのだ」という、いわゆる「米流通の目詰まりこそが米価高騰の原因だ」説を繰り返し、流通業者を「悪者」にしたてあげてきた。
そして、その流通業者の親玉こそ「農協」だという(完全に誤った)印象がメディアによって世論的に作られていった。
しかし繰り返すが実態は全くもって異なっているのだ。
第一に、米価高騰の主要因として政府が指摘し続けてきた中間の流通業者らが在庫を抱え込む「流通の目詰まり」という現象は実際には存在しなかったという調査結果が、本年7月末に農林水産省より公表されている。つまり、流通業者の不当な自己チュー行為によって米価が高まっていたという話それ自体が「ウソ話」だったのである。
もうこれだけで「農協悪玉論」には全く正当性がないという事になるのだが、より深刻な「ウソ話」は農協を米卸売業者と同じ「ビジネス企業だ」と見なしたところにある。
そもそも農協は「米を購入し、それをより高い価格で売り払い、両者の差額で利益を得ようとする米卸売業者」とは根本的に異なる組織だ。そもそも農協は複数の農家が出資してつくられた「協同組合」であり、複数農家の米を「一括」し販売するという仕事を行う。無論、その一括販売という仕事をするためには各種経費が必要になる。だから農協は定額の「手数料」を米購入者から徴収している。かくして農協が行っている仕事は、「農家から米を集め、販売し、そこから手数料を差し引き、残ったオカネを農家に渡す」という仕組みとなっているのだ。
したがって「値段をつり上げてもうけよう」という動機は農協には基本的に存在しないのだ。値段があがっても手数料が一定である以上もうけが増えることが無いからだ。
農協はむしろ「米価引き下げ」の努力を重ねてきた
しかも、農協が目指しているのは米農家を守り発展させることである。とはいえ、単なる利益団体とも異なる存在だ。そもそも農協の設置法には「農業生産力の増進及び農業者の経済的社会的地位の向上を図り、もつて国民経済の発展に寄与すること」が目的だと明記されているからだ。
つまり農協は「国民経済の発展に寄与する」ことを目的とし、その手段として「農業者の経済的社会的地位の向上」を図ろうとする「公共的目的」のための組織なのである。
したがって今回農協は、「米価の急騰」が国民経済に様々な悪影響を及ぼしているという認識を持ち、その米価急騰を収めるために「米価引き下げ」を企図した取り組みを行ったのだ。
上記の様に、農協は農家から集めた米を販売する際に手数料を上乗せする格好で米を販売するのだが、今回農協は米価の引き下げを企図し、その手数料を大幅「減額」したのだ。つまり、農協は米価を引き下げるために、彼らは「身銭」を切ったのだ。調査によればこの時、卸売業者は、利益(つまり、米の購入価格と販売価格の格差)を減らすどころかむしろ「拡大」しているのだが、それと正反対の振る舞いを行ったのだ。
それはひとえに、農協が民間企業とは根本的に異なる「国民経済の発展に寄与すること」を目的とした組織だからだ。
では一体、「米価の高騰」はどの様な弊害を日本経済にもたらすのか。
それは第一に、米価高騰は、国民の実質的な所得(あるいは手取り)を縮減するという問題だ。実質所得/手取りの下落は国内の需要を縮減させ、さらなる所得減を導く。いわばそれは経済学で言うところの「スタグフレーション」というデフレよりもさらにもう一段階質の悪い経済不況をもたらすのだ。
ただしそれよりもより深刻な問題は、日本人の米離れが加速する、という問題だ。
今や日本人は朝昼晩の三食全てで米をとる民族ではなくなった。パンもあれば麺類も豊富にある。そんな時代に米価が引き上がっていけば、たやすく代替商品に米需要が流れていく。そうなると米価は(今度は逆に)引き下がることになり農家の所得が中長期的に下落する。
そして、諸外国では政府が農家の存在存続そのものに大きな公共的意義があると考えることが常識となっており農家に対する保護主義的な補助金制度が強固に構築されているのだが、日本にはそういうものは一切ない(これこそ日本農政における最も深刻な重大問題だ)。だから農家は米価が一定以上引き下がればその時点で所得が失われ、存続の危機に陥り、国家としてのコメ自給体制が瓦解することになる。だから、「国民経済の発展に寄与すること」を目的として、米価の過剰な高騰を回避すべく身銭を切ってまで(つまり組織としての財政負担を拡大してまでして)、米価を引き下げるために手数料の大幅減額に踏み切ったのだ。実に「涙ぐましい取り組み」と言わねばならない。
それにもかかわらずメディアからは米価高騰の真犯人だというような印象操作が繰り返されたのだから、理不尽ここに極まれりと言う他無い状況だ。
政府が農を守らぬ今、日本の農を守る唯一の存在が農協
世間には小泉進次郎農水大臣がかつて主張していたように農協を株式会社化すべしだというような主張や農協のコメ買い取りを推奨したりする意見が横行しているが、彼らは以上の様な米価と食料自給体制の構造的関係を全く理解していない(あるいは知って隠している)。農協までもが卸業者の様に振る舞わざるを得なくなれば、日本の農家は瞬く間に壊滅的ダメージを受け、コメ自給体制は瓦解する事は必至だ。そうなったときに喜ぶのは外国の農家たちだ。だから外国政府の走狗(そうく)たちは農協を目の敵にするのだ。
政府保護が全く望めない現下の日本においては、現下の農協体制を守ることが日本の農を守ることに直結しているのだ。農協を守ると言う取り組みは、「単に既得権を守りたいだけだろ」なる下品な下衆の勘ぐりの類いとは全く異なる公益のための公的活動なのだ。
日本の農を政府が守らぬのなら、日本の農業を守ることができるのは今やもう農協だけとなっている。(それがどれだけの時間となるのかは現時点では未定だが)日本政府が日本の農を本格的に支援保護する体制になるまでの間、農協の重要性は尋常ならざる程に重大なのである。
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