農政:今こそ 食料自給「国消 国産」 いかそう 人と大地
【今こそ食料自給・国消国産】「食と農」国家の基軸に 健全な危機感持つべき 日本総合研究所会長・寺島実郎氏(2)2022年10月28日
「食と農」国家の基軸に 健全な危機感持つべき 日本総合研究所会長・寺島実郎氏(1)から続く
食と農への参画は生きる力に通じる
――都市型農業は、まさに知識集約型の産業であり、日本の農業の行く末を示してもいます。一方、農業は生き物を育てることを通じて、人の心のあり方とかかわっているように思いますが。
生き物とかかわることは生きる力につながる、という視点はとても重要です。東日本大震災の避難者に対して行われたある調査でも、動物や植物を育てることを通じて生きる力を与えられたという人が多くいます。食と農への参画を通じて、生きることとは何か、という一段深いことを考えさせることにつながります。これは日本人の心の基軸の話にも通じることです。
戦後、大都市郊外に多くの団地・マンション群を建てた一方で、「魂の基軸としての宗教」がない地域を作ってしまったと思っています。自分がどのように今を生き抜いて、どのように死んでいくべきなのかなど考えたこともないまま、高齢者になってしまっている団塊の世代は少なくありません。その中で、ある意味、戦後日本人の心の基軸とも言えたのがPHPだったのですが、その限界が見えてきています。
世界の中で進む日本の埋没 健全な危機感持つべき
日本のGDPが世界に占める割合は戦後間もない頃は3%水準でしたが、その後高度経済成長期とともにシェアを大きくしていき、1994年には世界の17・9%のシェアを占めるまでになり、アジアでダントツの経済大国となりました。しかし、その後シェアは徐々に小さくなり、2021年は5・1%となりました。一方で、日本を除くアジアは25%で、日本の5倍にもなりました。昨今の日本経済の低迷で、世界のなかでの日本の埋没が急速に進んでいるのです。
さらに、現在異次元の円安という事態に直面しています。その一因として挙げられるのが欧米諸国との金利差の拡大ですが、国としての借金は1255兆円(本年6月末現在)です。仮に、金利を1%上げた場合の利息は約12兆円となり、20年に国民全員に配られた特別定額給付金の総額とほぼ同じです。従って、金利を簡単には上げるわけにはいかない状況に陥っている現状をしっかりと認識すべきです。
いま、我々が持つべきなのは健全な危機感です。その危機感を土台に、国民の安全と安心のための産業創生という視点で、食と農・水・エネルギーの分野でどのように展開していくのか、真剣に考える必要があります。食と農の基盤があってこその豊かさであり、食と農はどんなことがあっても守らなければなりません。
日本の産業全体の指針示すリーダーが不在
――日本が有事に対応できないことは大きなリスクだと思います。国家のグランドデザインが必要なはずなのに、逆に危機管理ガバナンスの欠如が問われています。このままでは、日本はますますおかしなことになってしまいかねません。
寺島 私が三井物産に入社した当時、例えば興銀産業調査部の勉強会などに参加して、とても刺激を受けました。広い視野に立って、日本の産業のあり方について真剣に議論をしていました。しかし、政治の世界でも、経済の世界でも、バブル後、競争やストレスを避ける人たちが増え、日本の産業全体の針路を示すリーダーがいなくなってしまいました。日本の埋没と連動しています。
農協も積極的に食と農の論陣張るべき
――それでも食料について、国民がしだいに関心を持ってきたように思います。身近にある都市型農業への関心も高まりつつあるようです。
寺島 東日本大震災、コロナパンデミック、ウクライナ戦争などで、国民はレジリエンスの重要性に気づき始めているといえます。食と農を取り巻く環境でいえば、例えば農産物は輸入品よりも国産品の方がコストやリスクの観点から安い、など変化が起き始めています。そのなかで、農協も積極的に食と農についての論陣を張るべきです。
日本は今、幕末維新、太平洋戦争の敗戦に続き、第3の危機に直面しています。歴史を振り返ると、日本のGDPの世界におけるシェアは、1820年の江戸時代も第1次世界大戦直前も、そして敗戦後もほぼ3%の水準でした。この先10年後には、また3%水準に戻るという予測も出ています。日本にとっての金科玉条ともいうべき存在だった経済での優位性が揺らいでいる今、どのように反転攻勢に出ていくか、大変重要な時期に来ていると思います。
【インタビューを終えて】
浅野純次氏
寺島さんには、食と農についての知見にとどまらず、ユニークでグローカルなマクロ経済論を伺えることを期待して、東京・九段にある寺島文庫を訪れた。
県別の自給率にもしっかり目を向けるべきだという冒頭の指摘がまず新鮮だった。安定した物流を私たちは当然のものとして暮らしているが、一朝事あれば地域の食料安定性など簡単に損なわれる。その後、話は世界と日本の経済をめぐる興味深いテーマへと広がっていった。急激なポンド安の明快な解説も含め、紙面の制約で十分に紹介できないのは残念である。
円安下の食と農、食料輸入先の分散、農業における後継者問題、自然災害に強い農業など、レジリエントな食と農について伺いたいことは山とあったが、時間切れでまたの機会とせざるをえなかった。そのときの近いことを楽しみにしたい。(浅野)
▽寺島実郎(てらしま・じつろう)
1947年北海道生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科卒業後,三井物産入社。米国三井物産ワシントン事務所所長、三井物産常務執行役員、同戦略研究所会長等を経て,現在は(一財)日本総合研究所会長、多摩大学学長。
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