農薬 シリーズ詳細

シリーズ:誕生物語

2013.04.24 
【シリーズ・誕生物語】第4回「トレボン」(三井化学アグロ(株))一覧へ

・低毒性の新しいピレスロイド様化合物を求めて
・激しい開発競争のなか独自の化合物を発見
・深い知識と透徹したデザイン力で
・広範な水稲害虫に効果、航空防除の登録も
・野菜や畑作作物に幅広い適用
・世界50か国以上でも高い評価を

 農薬の研究開発には外の世界からはうかがい知れない驚きや喜びあるいは哀しみの世界があるのだと思う。
 素人には分からない分子構造を読み取り、それにさまざまな手を加え、いままでにはなかった新しい化学物質を創りだし、農薬として世に出すことで、農業の発展に大きく貢献する。
 そうした一つに、多くの害虫に効果があることから「農家の常備薬」として長年にわたって親しまれてきている三井化学アグロ株式会社の「トレボン」がある。今回はその「トレボン」誕生物語だ。

水稲から野菜や花まで
「農家の常備薬」

◆低毒性の新しいピレスロイド様化合物を求めて

 亀の甲にさまざまな元素や分子が連なった分子構造式をみても、化学の知識も素養もないわれわれ素人には、それがどのような性格をもつ分子なのかさっぱり分からない。
 しかし、医薬品をはじめとする化学物質を開発している研究者にとっては、新たな探索研究を行う貴重な出発点だという。
 今回の主役である三井化学アグロ株式会社(開発当時は、三井東圧化学(株))の殺虫剤「トレボン」(エトフェンプロックス)も、殺虫効果は高かったが魚毒性が強く水田では使えなかった合成ピレスロイドの母骨格をモデルとして、研究者の独自の発想と地道な努力によって見出された。「いくつかの仮説に基づき探索研究を行ううちに、従来型のエステルではなくエーテル型で低魚毒性のリード化合物を発見するに至った」(※)という。

エトフェンプロックスの構造式

(イラストは、エトフェンプロックスの構造式。中央の四角囲みの中のわずかな違いでまるで性格の異なる化学物質となる)

◆激しい開発競争のなか独自の化合物を発見

 当時、三井東圧化学(株)で殺虫剤の研究を行なっていたチームは、昭和53年の年末に、「殺虫効果がありながら日本の水田でも使用可能な低魚毒性化合物を開発することを目標に」研究を開始した(合成研究は54年1月から)。
 この当時、日本の殺虫剤の中心は、有機リン系、カーバメート系が主力だったが、除虫菊(シロバナムシヨケギク)の花から発見された殺虫成分ピレスロイドの合成技術の研究が進み、これをベースに国内外の農薬会社が激しい開発競争を繰り広げた。
 同社の執行役員の大沼一富研究開発本部副本部長・登録部長によれば、「各社でさまざまな化学物質が開発されており、独自のものを開発するのはなかなか大変」という状況だったという。
 研究開発チームは、当時知られていた合成ピレスロイドの化学構造物を特許情報などから徹底的に調べ、多数の化合物を合成したが初期の目的にあったものはなかなか見つからなかった。
 しかし、昭和55年に中心となるエステル結合の替わりにエーテル結合(―O―)とすることで、手ごたえのある化合物を発見する。そして「数百点の類縁化合物を合成し、この中からエトフェンプロックスを選抜」(※)する。

◆深い知識と透徹したデザイン力で

 エトフェンプロックスのように、エステル結合ではなくエーテル結合の化合物が強い殺虫活性を示すことは当時の常識を覆す発見だったという。こうした手法は、研究開発者が通常行う手法ではあるが、化学物質の構造と活性に関する広範で深い知識と透徹したデザイン力が要求されることであり、三井の研究開発チームの能力の高さを示すものといえる。
 図にエステル結合と彼らが見出したエーテル結合の構造式を示したが、われわれ素人からみると、ほんの些細な違いにしか見えず、化合物ごとの殺虫効果や人畜・魚毒性など特性の違いを理解することは難しい。それを見抜くのが優れた研究者の能力なのだろう。
 このエトフェンプロックスは、塩素のようなハロゲンを含まず、炭素・水素・酸素原子だけから構成される独自性の高い構造に加え、後に触れるが広いスペクトラムの殺虫特性を示した。

◆広範な水稲害虫に効果、航空防除の登録も

北海道の無人ヘリ トレボンスカイMC(作物てんさい)を散布している 昭和56年度から「多くの試験研究機関で試験され、水稲をはじめ、野菜、果樹、茶などの重要な諸害虫にきわめて優れた防除効果を示すことが確認された。薬効試験とほぼ同時期に各種の毒性試験、代謝・残留試験等に着手したが、これらも順調に推移」し、昭和62年4月に農薬登録を取得し、「トレボン」の商品名で上市された。開発に着手してから8年強の月日が経っていた。
 トレボンが上市された昭和62年、当時水稲場面で猛威を奮っていたイネミズゾウムシの防除剤としてまず注目されると同時に、カメムシ類、ウンカ類、コブノメイガなど広範な水稲害虫にも効果を発揮する殺虫剤として、多くの農家に重用される。
 さらに、この系統の殺虫剤としては初めて航空防除への適用拡大をはかるために、当時組織されたピレスロイド安全協議会水稲部会が全国規模で環境影響試験に奔走。一連の試験によって県境影響がきわめて低いことが証明され、平成2年に航空防除での登録が認められ、水稲・ダイズの有人・無人ヘリ防除の基幹殺虫剤として、省力的で効率的な防除に貢献している(写真参照)。
 さらに乳剤や粉剤だけではなく、生産現場で省力化・効率化ができるように多くの剤型で上市するとともに、水溶性容器を水田に投入れるだけの「なげこみトレボン」を開発するなど、防除の省力化・効率化への試みも生産現場から注目された。

(写真)
北海道の無人ヘリ トレボンスカイMC(作物てんさい)を散布している

◆野菜や畑作作物に幅広い適用

 広スペクトラムな殺虫活性をもつトレボンは、野菜場面でも半翅目、鱗翅目の害虫にも広範な効果を示すことに加え、人畜毒性が低いことが広範な作物での登録取得を可能としている。
 表は「トレボン乳剤」の適用作物と適用害虫の一覧だが、これをみてもその適用範囲の広さに驚かされる。
 つまり水稲から野菜などの園芸作物まで、トレボンは「農家の常備薬」として現在も現役で大活躍している。
 しかも農業用だけではなく、防蟻用薬剤・防疫用殺虫剤・芝草用殺虫剤・不快害虫用殺虫剤・動物用医薬品など、さまざまな分野でも活躍している。

◆世界50か国以上でも高い評価を

 また、多くのピレスロイド剤が登録抹消になるなか、国内だけではなく、世界50か国以上で高い評価を受け、農業用をはじめ、家庭用殺虫剤、ペット用殺虫剤、マラリア媒介蚊防除薬剤などの用途でも使われており、製品の上市後25年を迎えても製造量は増加している。
 なお、平成元年には日本農薬学会業績賞(技術)、平成2年には有機合成化学協会賞を、さらに平成5年には大河内記念技術賞を受賞した。

※「殺虫剤エトフェンプロックスの開発」(日本農薬学会誌14:1989「学会賞受賞論文(業績賞)」 吉本武雄、小川三郎、宇田川隆敏、沼田智 より

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