植物の亜鉛ストレス オートファジーで適応 明大農学部の研究グループが新規モデル提唱2021年7月29日
明治大学農学部生命科学科の吉本光希教授の研究グループは、植物が細胞内自己分解システム「オートファジー」を駆使し、体内金属バランスを維持することで、広範囲な亜鉛ストレスに適応していることを報告した。
植物細胞におけるオートファジーの過程
同報告は、これまでの研究で明らかにしてきた亜鉛ストレス応答におけるオートファジーの役割を軸に、新たな植物体内金属恒常性維持システムを提案。同モデルは、植物が過酷な亜鉛ストレス環境に適応するために備え持つ高度なシステムの一端を解明し、将来的に、食糧危機の解決に繋がるような技術開発に貢献できる可能性を秘めている。この成果は、Cell Pressが発行する国際植物科学総説雑誌「Trends in Plant Science」に掲載された。
植物が健全に成長するための必須元素は17種類が知られており、その半数以上が金属元素。土壌中の金属元素の不足は植物の健全な生育を阻害しすることから金属欠乏が農業で問題となる一方、急速な工業化に伴い、過剰な重金属による環境汚染も問題化している。
オートファジーによる細胞内「亜鉛―鉄シーソー」の管理
これまで、植物における金属恒常性維持の研究は、主にどのように金属を外部環境から吸収し必要箇所に届けるかという「輸送」に注目した研究が盛んに行われてきた。吉本教授のグループは、細胞内自己成分分解機構の一つであるオートファジーの研究を展開する過程で、輸送以外の金属欠乏応答機構として、オートファジーが体内に存在する既存の金属のリサイクルメカニズムとして機能している可能性に着目。オートファジーは、細胞内の分解対象物を脂質二重膜の小胞で包み込み、液胞に輸送して分解するシステム。この分解産物は新たな生体成分を合成するために再利用される。
同グループは従来の研究をさらに進め、亜鉛過剰ストレスへの適応にもオートファジーが重要な働きをしていることをこのほど報告。土壌中の亜鉛が過剰になると、鉄の植物体内への吸収が阻害され、植物に鉄欠乏症状が現れる。同グループは、亜鉛過剰時のオートファジーは生体分子の分解により鉄を遊離させ、必要箇所にその鉄を供給することで鉄欠乏を抑制していることを明らかにした。
土壌から植物体内への金属の吸収に関わる輸送体タンパク質は、亜鉛と鉄の両方の吸収に関与し、土壌中のこれらの金属濃度が適切な場合、植物は亜鉛と鉄を適切なバランスで吸収できる。一方、亜鉛欠乏時には鉄の吸収量が増加し、亜鉛過剰時には鉄の吸収量が減少することにより、植物体内の亜鉛ー鉄バランスが崩れると考えられる。亜鉛欠乏時のオートファジーは、遊離亜鉛の供給を通じ、この崩れたバランスを矯正することで、過剰な鉄により誘導される活性酸素種生成を抑制。葉の黄化(クロロシス)として観察される亜鉛欠乏症状が緩和される。亜鉛過剰時のオートファジーは鉄を供給することで、亜鉛過剰により崩れた亜鉛ー鉄バランスを回復させる。鉄欠乏は葉緑素の合成を阻害するため、亜鉛過剰時にクロロシスが生じるが、オートファジーにより鉄が供給されることで、この症状が緩和されると考えられる。
同グル―プは以上の結果から、オートファジーは亜鉛欠乏下と過剰下で別種の金属の供給システムとして機能し、亜鉛―鉄シーソーを管理することで、幅広い亜鉛ストレスに適応しているというモデルを世界で初めて提唱した。
今回のモデルで、亜鉛と鉄という2種類の金属元素の植物体内における拮抗関係と、そのバランスを保つためにオートファジーが重要な働きをしていることが示され。この成果は植物の金属恒常性維持機構の全体像解明に貢献し、過酷な環境でも生きのびる植物の強かさの根源を理解することに繋がる。また、植物体内における栄養素のマネジメント機構が理解されることにより、少ない肥料で効率良く作物を栽培する技術や、高度な環境ストレス耐性を持った作物の開発に貢献できると期待される。
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