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コラム:目明き千人

【原田 康】

2017.05.22 
【目明き千人】72年目の再会 「教育勅語」一覧へ

 大阪の森友学園が幼稚園児に教育勅語を暗唱させているというニュースを聞いて、75歳以上の人は思わず「朕おもうに我が皇祖皇宗国をはじむること宏遠に」の勅語の一節を口ずさんだのではないか。
 小生は昭和12年生まれで昭和20年8月15日は尋常小学校2年生であった。太平洋戦争の緒戦の勝利の提灯行列から欲しがりません勝つまではで、空襲で逃げ回ったのを体験した最後の年代である。

◇    ◇

 「教育勅語」が戦前、戦中にどのように使われたのか。この時代の子供は幼稚園、当時は託児所と云っていたが、で教育勅語を暗唱させられた。内容は分からなくて天皇陛下の有難いお言葉として暗唱させられたので小学校の1年生でも教育勅語だけは全員が暗唱出来た。
 小学校へは並んで登校して先ず天皇陛下の写真・御真影と勅語の納められている奉安殿に最敬礼をして皇居の方に向いて遥拝、次に兄弟仲良く親孝行の手本であるまきを背負って本を読んでいる二宮金次郎に挨拶をして教室に入った。
 教えられた教育勅語の精神は、天皇陛下のおわします神の国日本の小国民は大きくなったら国を守るために兵隊さんになり、鬼畜米英と戦い名誉の戦死を遂げて英霊となって凱旋し靖国神社に祭られるのが日本国民としての最高の名誉であるとたたきこまれた。ハンデイキャップがあって兵隊に行けない人は非国民と言われ大人も子供もいじめを受けた。
 首相夫人という公式の場では国を代表する立場のファースト・レディが教育勅語を暗唱させている学園の運営する小学校の名誉校長を引き受けていたことが安倍内閣の性格をよく表している。現職の大臣や政権与党の幹部が教育勅語の精神は現在の日本でも必要であると公の場で発言をしている。
 安倍内閣の政策の基本の考え方がここにあるとみると全部が整合性を持つ。基本的人権、言論の自由など民主主義のない旧憲法、教育勅語、軍部の独走を許し戦争に負けた。このような時代の再来はご免こうむりたい。
 寅さん流にいえば 次の選挙できっちりとお返しをさせていただきやしょう。

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