【トランプ新政権誕生で日本経済はどうなるか?】世界にとって"重大な危機"2017年1月28日
「アメリカ第一」を主張するトランプ政権が誕生した。第1次世界大戦前の「モンロー主義」(孤立主義)への回帰ともみられるが、グローバル化した今日の世界でそれが通じるのか。政治・外交で米国依存の安倍政権はどのような舵取りができるか。定期掲載「森田実の政治評論」の著者・政治評論家の森田実氏に改めてトランプ政権誕生の意味について寄稿いただいた。
「大国は下流なり 天下の交なり 天下の牝(ひん)なり」 『老子』
◆老子の「大国下流」論
大国のあり方について、老子はこう述べた。「大国は下流なり。天下の交なり。天下の牝(ひん)なり」(「老子」六十一章)。この言葉は「大国」はあらゆる国を受け入れる大河のような存在でなければならず、世界の交流の場にならなければならない。大国は母親のごとき存在であるべきだ」という意味である。
米国のトランプ新大統領は、この老子の教えと真逆の道を進もうとしている。
トランプ氏の「米国第一」とは、他国の利益を侵害しても米国のみの利益を貫くという主張である。しかもトランプ氏は「謙虚さ」と無縁である。傲慢不遜のかたまりのような男だ。「自分さえよければ思想」「アメリカさえよければ主義」を乱暴な手段で強引に行使する恐れのある米大統領である。
このことは世界にとって重大なことだ。米国は軍事超大国であり、絶えず戦争をしている国である。米大統領は核のボタンを押す権限がある。気に入らない国には武力をもって侵攻している軍国主義国だ。トランプ大統領は第三次世界大戦の引き金を引くおそれがある、と多くの人が心配している。
米国は超経済大国である。米国政府が世界各国と協調しようとせず、世界を撹乱するような冒険主義的政治を行なえば国際政治は大混乱に陥る。米国のみの利益を一方的に追求すれば、世界経済は大混乱になる。トランプ氏が率いる米国政府は世界の平和と安定にとって、きわめて危険な存在になった。
超大国の米国政府には、老子の「大国下流」論に従ってほしいと私は願っているが、トランプ氏には「馬の耳に念仏」であろう。世界の諸国民はトランプ氏の乱暴政治を止めるために協力しなければならないと思う。
◎危険な「米国第一主義」警戒すべき二国間交渉
◆新たな貿易戦争
トランプ氏は新たな貿易戦争を仕掛けようとしている。1月11日の記者会見で貿易戦争の標的としてあげたのは中国、日本、メキシコである。メキシコに対しては大統領選中から「壁を築く。この費用はメキシコに支払わせる」と集中砲火を浴びせてきた。さらにいくつかの大企業に圧力をかけてメキシコへの投資計画を撤回させた。日本を代表するトヨタにも圧力をかけた。トヨタは米国への多額の投資計画を発表した。
中国に対しては政治、軍事、経済のあらゆる面から攻撃をはじめている。トランプ氏は中国政府には絶対に受け入れられない「二つの中国」への転換の可能性を示唆して中国を脅している。台湾独立・二つの中国に踏み込めば米中対立は深刻化する。米国が南シナ海問題に軍事的に干渉すれば、米中戦争の危険が高まる。米中紛争が北朝鮮問題と連動すれば東アジア地域の軍事紛争が惹き起こされる。
米中紛争が起きた時、日米同盟第一主義の安倍内閣は米国に同調して中国との軍事対立が激化すれば、日本経済だけでなく日本の平和と安全が大打撃を蒙るおそれが大である。
◆日・米の力関係
世界各国政府はトランプ米政権にどう対応したらよいか苦慮している。ほとんどの国の政府はまずトランプ政権を観察し、米新政権との付き合い方を慎重に検討している。しかし安倍首相は大統領正式就任前から「日米同盟」の安定を求めてトランプ氏に積極的に接近し、就任直後の首脳会談を求めている。
安倍首相は1月中旬の東南アジア4カ国訪問においても、米国政府のアジアへの関与を求める発言をつづけており、自らトランプ氏への急接近に精を出している。安倍首相は11月中旬、大統領選に勝利した直後にトランプ氏と会談したが、その直後から自民党と維新の党有志議員提出のIR法案(カジノ法案)の成立に熱心になった。
これは「カジノ王」といわれたトランプ氏と信頼関係を築く意思にもとづく行為、と噂された。安倍首相はトランプ大統領との個人的信頼関係の確立を急いでいる。トランプ氏の本質は弱肉強食主義者である。弱肉強食主義者は弱者を餌食にする。
大統領に就任する以前にいくつかの著名な大企業経営者を狙い打ちし、言うとおりにしなければ高い関税をかけると脅して屈服させた。大企業経営者は権力に弱い。トランプ氏は最初に弱者を抑え込んで、自己の権力の強大化をはかっている。
トランプ氏は、米国に弱い日本政府を狙い打ちする構えをとっている。まず日本の米国に対する防衛費負担の増額を求めている。さらに日本に米国側のいう貿易不均衡是正を求めている。
◎日米同盟優先では餌食 米国へ不服従の意志を
◆アジア情勢
この攻勢に対し、安倍首相はトランプ氏との個人的信頼関係を築き、日米同盟をさらに強固なものにすることによって、日本に友好的態度をとってもらおうとしているようにみえる。しかしトランプ氏にとっては米国にすり寄るような安倍政権は「弱者」に見えるだろう。
トランプ大統領の最大のターゲットは中国である。米中対立が軍事的緊張を劇化させるおそれがある。東アジア情勢が軍事紛争にエスカレートした時、アジアの経済は悪影響を受ける。日本の産業は非軍事産業から軍事産業に移行することによって生きのびようとするかもしれない。しかし軍国主義への道は日本の破滅への道になると私は憂慮している。
国内経済政策についていえば、トランプ氏の選挙における公約の第一は雇用の増進、第二は社会インフラの整備、第三は減税である。この公約で最近の米の株価は上昇した。ドル高・円安が進み日本の株価も上昇した。これによって米国経済が成長軌道に乗り始めたとみられている。雇用増進、社会インフラ整備、減税は不況克服の主要手段である。日本も不況克服のためには同じ経済政策をとる必要があるが、アベノミクスは中途半端であり失敗した。
だが、トランプ大統領の「米国第一」の国際経済政策によって、多くの国は被害を受けることになる。米国第一の利益の求めというよりも、トランプ氏一人の利益のために他国の利益を容赦なく侵害するおそれが大である。
◆日本の対抗策
TPPは日本国民の利益を侵害する米国主導の多国間の国際協定である。これをオバマ前大統領が推進し、安倍内閣は追従した。トランプ氏はオバマ前政権の主要政策をことごとく否定することによって大統領選に勝利した。TPP不参加を度々表明し、今後は二国間交渉によって通商問題を解決するとの姿勢を示している。
二国間交渉になった時、「日米同盟第一」の安倍政権の対米交渉力は非常に弱まる。日米同盟は米国と日本の対等の二国間関係ではない。日米同盟の本質は「日本が米国に従属している関係」である。沖縄をはじめ日本の各地に米軍基地が置かれている。
日本は安全保障に限らず、経済政策についても米国の事実上の支配下におかれている。政治、外交、安全保障、経済、農業、社会保障などあらゆる分野の政策決定に米国の干渉が行われている。このような主従関係にある日米両国の二国間交渉が米国主導で行われることは避けられない。
しかし、日本には一つだけ米国政府との交渉に敗けない道がある。それは日本国民と政府がかつてインドのガンジーが行ったような米国への不服従の意思を示すことである。
(写真)トランプ氏の写真ーMICHAEL VADON提供、壁に囲まれたメキシコ国境の検問所、アメリカ向け輸出の拠点になった国境近くのマキラドーラ(保税輸出加工区)の工場群
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