【小松泰信・地方の眼力】米国地方紙衰退の教訓2017年3月8日
「新聞報道が社会で果たす役割の一つが公権力の監視である。インターネットが普及するなか、大きな変化に立たされている米国の報道現場から、その意義を考えたい」という、リード文ではじまる『変貌する報道 米国から』というタイトルの連載記事を提供しているのは読売新聞である(2017年2月21日、22日、25日、3月1日)。とくに興味深かったのが、21日と22日の記事であった。
◆地方紙衰退 弱まる監視 記者4割減 腐敗の街も -21日版の要点-
1)メディア批評で知られる米専門誌が、〈落下傘(報道)を超えて〉という見出しの記事で、トランプ大統領の当選で問われた米有力紙などの「失敗」を検証している。
2)メディア全体の記者の割合が、大都市に偏る傾向が年々強まっている。大都市から、「落下傘」のように地方へ取材に行っても、地元の深刻な実情や、住民らの本音を理解できなかった、という見方が紹介されている。
3)わが国でよく知られたアメリカの新聞でも、全米各地に取材網があるわけではない。地方中小都市や町単位で存在する、1000を越えるいわゆる地方紙が、歴史的に重要な情報源になっていった。
4)しかしネットの普及などで広告収入が大幅に減り、資金力の弱い地方紙が廃刊し、大規模なリストラも相次いだ。さらに、米国の新聞記者の数も2003年の5万4200人から14年の3万2900人へと、4割減。
5)2011年の米連邦通信委員会(FCC)の報告書は、地方紙の弱体化による地域社会への悪影響の例として、カリフォルニア州の人口約4万人の市を取り上げている。そこでは地元紙廃刊後、市の幹部らが違法に給与を引き上げたが、市政を取材する記者がおらず、ロサンゼルス・タイムズ紙の記者が調べるまで明らかにならなかった。
6)識者は、デジタルの洪水から、地元のニュースはほとんど流れてこないことなどから、「ニュース砂漠」の拡大を危惧している。
◆リストラ 縮む調査報道 ネット収益重視に転換 -22日版の要点-
7)オハイオ州のプレーン・ディーラー紙は大規模リストラに踏み切り、400人を超えたこともある記者らは90人を切った。
8)その人員削減の影響で、隠された不正などを明らかにする調査報道(表面化していない事実を掘り起こして報じること)の弱体化が懸念されている。調査報道で腕を振るった記者は、「私たちの報道は、全く別のものになってしまった」と嘆いている。
9)米国の新聞は、伝統的に調査報道を重視してきたことから、地域の問題を監視する「番犬(ウォッチドッグ)」とも呼ばれてきたが、手間と時間がかかる取材が必要なため、真っ先に縮小対象になる。
10)「...私たちの役割は番犬であること。ただ、社会から消えた時、腐敗の扉が開く」(警察・検察取材歴30年の記者)
◆読売新聞社こそ『変貌する報道 米国から』から学べ
落下傘報道(取材)の限界と問題点、地方紙が果たしてきた歴史的役割、地域社会にもたらす地方紙の廃刊やリストラの悪影響、ニュース砂漠化、調査報道の意義と弱体化、番犬の喪失と腐敗など、新聞に限らずメディアが肝に銘じておかねばならないことが示されている。もちろん、本紙も本コラムも例外ではない。しかし皮肉なことに、今最も、この良質な特集を熟読玩味すべきは、当の読売新聞である。
自民党大会翌日(3月6日)の同紙社説には、冒頭に示した「新聞報道が社会で果たす役割の一つが公権力の監視」という視点が、他紙に比べて明らかに欠如しているからだ。
「長期的課題に果敢に取り組め」というタイトルからも、自民党に熱いエールを送っていることがわかる。他方、「安倍1強」体制を危惧するタイトルをつけているのは、中国新聞、信濃毎日新聞、北海道新聞、新潟日報、デイリー東北、朝日新聞など。これ以外では、「多様性の喪失懸念する」(南日本新聞)、「自民、総裁任期延長/改憲のテーマ見えてこない」(河北新報)、「総裁任期延長 議論なき自民いつまで」(毎日新聞)、「自民総裁3選を狙う首相は何をすべきか」(日本経済新聞)となっている。
読売新聞の社説は、「19年10月に延期した消費税率10%への引き上げにも直面する。アベノミクスは道半ばだ。消費増税に耐え得る経済状況の実現は簡単でない。規制緩和などを通じて、成長を底上げせねばならない。同時に、財政健全化、社会保障改革など、国民の痛みを伴う政策からも逃げてはなるまい」と、規制緩和、成長の底上げ、そして国民に痛みを強いることを促している。さらに安倍晋三が憲法改正の「発議」に言及したことを受け、「...改正の高いハードルを考えれば、野党第1党の民進党も支持する内容にすることが望ましい。残念なのは、...民進党に配慮するあまり、国会での憲法論議が停滞していることだ。...公明党、日本維新の会と連携し、民進党の建設的な対応を促すべきだ」と、けしかけている。民進党への揺さぶりも臭わす書きぶりからは、「公権力の監視」という言葉が空々しく感じられる。番犬は番犬でも、政権与党の番犬ぶりが際立つ内容である。
日本経済新聞ですら、「憲法のあり方は重要なテーマだが、野党との丁寧な議論の積み重ねが有権者の理解の前提となることを忘れてはならない」と、拙速な展開に釘を刺している。
◆地方紙の力量をあなどるなかれ
「...国民の間には権力を縛る憲法を変えることへの不安や恐れは根強い。しっかりと時間をかけ、幅広い世論に耳を傾ける必要がある」と、日本経済新聞とは異なり、世論を傾聴することを促しているのは中国新聞である。
同紙はさらに、「森友学園」への国有地売却に言及し「首相夫人の軽率な肩入れもさることながら、国会議員の関与も疑われている。万一、事件に発展するようなら首相、党総裁両方の立場から安倍氏の責任は免れまい」と、思い切り踏み込む。そして、このタイミングでの総裁任期延長にブレーキをかけるような硬骨漢が昔の自民党にはいたことを嘆いてみせる。さらに安倍晋三に追従する政治家に対して、「...世論に背を向けては、しっぺ返しもあり得る」と、ドスのきいた頂門の一針。わが国の地方紙、まだまだ健在なり。
「地方の眼力」なめんなよ
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