大金 義昭著『常野記』2017年11月21日
随想舎2017.9.1発行(A5判・上製本・341頁)
定価1800円+税
来年は2018年。明治維新150年の節目に当たる。この本は、この節目を念頭に書き上げられた。おそらく各界各様の「15年記念論」が登場してくる、そのはしりでもある。ただしこの作品は著者自身の「大金家」を源流に探るのが第一義。そのための執念のフィールドワークである。「文芸アナリスト」らしいのか、否か。そこに古里への愛着がある。
さて、タイトル「常野記」をそもそも何と読むか。本書ラストから、引用する。「眼を閉じて瞼に広がる常(じょう)野(や)(常陸・下野)の山河は、いよいよもって茫漠とするばかりである」。舞台は今日の茨城県・栃木県北部境界である。
副題が「水戸藩領武茂郷と下野国黒羽藩の幕末・維新」。第1部「水戸藩領武茂郷の幕末・維新」。「武茂郷 むもごう」と呼ばれた馬頭町辺り。35万石の親藩とは大きい。つぎは第2部「下野国黒羽藩の幕末・維新」。下野の奥に日光があり、その奥が会津だなと分かる。なかなか意味深である。この本の舞台が想像以上に複雑だからである。時は明治維新前。「尊王攘夷論」をめぐる政治的激動期。翻弄される民百姓。どんなに書き込んでも難解なのだ。そこを著者は「大金家」を一つの底流にして、見事な民衆ドキュメントに仕上げた。名作『桜田門外の変』と『天狗騒乱』2著の吉村昭が生きていたら、どう思うだろう。
この本はもっと深い背景を追う。つまり、尊王攘夷思想は、単に武士階級の上層部だけでなく、広く農民層にまで広がっていたが、そのことが抜けることが多い。この論争激化に各地神社神官が大いに関わったという。このあたりデータ分析は著者の懐の深さだろう。水戸学のすそ野は広く深い。水戸藩第9代斉昭のカリスマ性がある。斉昭の藩政改革は「経界・土着・学校・惣交代」の4本柱。つまり全領検知、海防強化と軍備増強、人材育成の藩校・郷校設立などいわゆる「天保の改革」だと補足されている(40頁)。大いに教えられたが、深入りを止める。
※ ※ ※
そもそも、水戸藩領武茂郷と下野国黒羽藩はともに神社仏閣が多いとのこと。そっくり幕末の政治、民衆蜂起に関係する。如何にも水戸学の影響大である。既に触れた「大金」家系。通読すると、「金」産出地でもある。作物栽培・加工が地域殖産に大きく寄与している様子が見える。この地域の地政学上、重要な点である。
さて、著者はどう挑んだか。激変のなか、大金家の一方の元祖・岡数馬に集中する。神官だが、武茂郷と保内郷と接する境界の盛泉温泉神社の神官。神官らが学び、武に励み、なお独身のまま、1862(文久2)年、26歳で病死。家系図に詳しい。神官が文武に励んだというから、何とも水戸藩らしい。
時は「桜田門外の変」が過ぎ、「坂下門外の変」。続く「天狗騒乱」の時代、天狗VS諸生党の対立に巻き込まれ、庄屋格大金藤右衛門(茂作資兼)はこうした政治的混乱から一族郎党を救うベく、自裁した。「天狗党」とそれに対立する「諸生党」の激闘が、単に中心地水戸だけでなく、藩内の至るところに広がり、民衆を巻き込んだ証左である。そこが如何にも水戸藩らしい。
※ ※ ※
以下、地政学的に茨城県と栃木県の両県北部隣接地域の難解は致し方ないところ。要は著者の執念のフィールドワークから学び、我々読者が自ら住む地域の150年前の明治維新に、新たな眼を向ける契機にすることだろう。今や、地方が大事だと政治的掛け声に踊らされるご時世ではあるまい。
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