【浅野純次・読書の楽しみ】第30回2018年9月12日
◎藤井一至
『土 地球最後のナゾ』
(光文社新書、993円)
地球上の土がたった12種類に分類され、それぞれがどんな性質をもっていて、植物とどうかかわっているかなんて、ほとんどの人が知らないでしょう。
土壌学者の常識では月や火星に土はない、と言われても、地表はある以上、土がないなんておかしい、と思う方に目からウロコの本をご紹介しましょう。
要するに土(土壌)とは「岩の分解したものと死んだ動植物が混じったもの」なのです。長い歴史において動植物が繁殖しては死んでいったことから、地球は土の宝庫となりました。つまり腐植です。
12種類の土壌の中で肥沃といえるのはチェルノーゼム(黒土)、粘土集積、ひび割れ粘土質土壌の黒っぽい3種類だそうで、日本に多い黒ぼく土は良いほうだけれど欠点があるのだとか。
著者は若い農学者でシャベルを抱えて世界中を旅して回り、12種類の土を掘り起こしては観察します。その武者修行ぶりが痛快で、一気に読ませます。特に若さにまかせた軽口が随所に織り込まれていて何度もニヤリとしてしまいました。
人類、土のおかげで生きている以上、この程度の常識は必須なのではないか。砂漠など役に立ちそうもない土をどう活かすか、という点の言及も価値ある本にしています。
◎筆保弘徳編著
『台風についてわかっていることいないこと』
(ベレ出版、1836円)
例年以上に台風が農業に多大な打撃を与えています。本書は台風の基礎知識ともいうべき内容で、台風の発生、発達、実態、予報などについて6人の専門家たちがやさしく解説したものです。
最初にびっくりしたのは、気象庁は台風の気圧や風速を実測していないという事実でした。というより実測できないのです。確かに洋上の台風の中に常時飛行機で突っ込んでいくわけにもいきませんね。そこである解析法によって衛星写真を見ながら推定しているのだとか。
そのほか進路予想は年々精度を上げているのに、気圧や風速の予想は誤差が拡大しているというのも面白い。これは急発達する大型台風が増えていることが関係しているらしいです。
海面水温との関係、温暖化の関係など、いろいろ面白い話題が出てきますが、雨量の話が出てこないのは惜しまれます。ともあれ農家にとって台風は重要なテーマなので、テレビの台風情報で満足せずお読みになってみてはどうでしょうか。
◎垣谷美雨
『老後の資金がありません』
(中公文庫、691円)
文庫化されてからでも半年たっているし、増刷に増刷を重ねているのでお読みの方が多いと思います。でも未読の方にぜひお勧めしたくて取り上げてみました。とにかく面白い。勧めてつまらなかったと言った人はいなかったことを、まずご披露しておきます。
話は定年間近の夫と非正規雇用の妻、息子、娘の4人家族をめぐるてんやわんやです。主人公は妻で、夫も本人も失業の憂き目に遭って収入が絶たれ、娘のド派手な披露宴と舅の葬式で蓄えの大半を使い果たした妻が悪戦苦闘するお話が、軽妙な文体のおかげもあってすこぶる楽しい。
老後をどう迎えるかについてのヒントが詰まっています。へたな解説書より、小説のほうがずっと役に立つ、という好例です。室井佑月さんの解説も読ませます。とにかく(他人の不幸を)笑いながら学べるという一石二鳥の文庫本、安いものだと思いました。エンディングも予想どおりうまく出来ています。
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