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コラム:昔の農村・今の世の中

【酒井惇一(東北大学名誉教授)】

2018.10.18 
【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第24回 「美しい国」ってどんな国?一覧へ

 これまで「昔の農村(戦前・戦中・敗戦直後の農村)」の話をしてきたが、これからちょっとの間「今の世の中」のことについて話をさせていただきたい。

政権を握ったものは一般に国民の暮らしを豊かにすると公約する。本音は別にして、実際そうするかどうかは別にしてだが。

 ところがそう言わない政権担当者もいる。今の日本がそうだ。現政権担当者は「世界で一番国民が暮らしやすい国」にするとは言わない。口先だけでも言わない。
 そして「世界で一番企業が活動しやすい国」にすると言う。つまり「世界で一番企業がもうけやすい国」にするというわけだ。そのために法人税を引き下げ、労働法制の有名無実化など企業優遇政策を展開するという。
 いうまでもなくその反面は消費税など大衆課税の強化、労働者の権利侵害、社会福祉など国民生活の切り捨て政策の展開、農林予算の削減となるわけだが、それで国民の暮らしはどうなるのだろうか。

 そういう疑問に対して政府は「トリクルダウン」理論を振り回す。企業がもうかれば、景気がよくなればそのおこぼれが国民にも回ってくる、国民も豊かになる、だから心配はないと。
 しかし、こんな「理論」の破たんは歴史が証明している。政治的に何もしないで放置しておけば、自由にさせておけば「富めるものはますます富み、貧しいものはますます貧しくなる」だけ、格差がますます拡大するだけなのである。
 現にいま日本はそうなりつつある。ところが現政権は平然と大企業優遇政策をとり、さらにそれを推進する。そして国民の暮らしを豊かにする政策をとろうとしない。

 さらに問題なのは「外国の企業・人がもっとも仕事をしやすい国に変えていく」とまで言っていることだ。
 これが日本の政府のトップが言うべき言葉なのだろうか。まず自分の国の企業・人の仕事をしやすくし、経済を発展させるべきなのに、外国の企業・人を優遇すると言うのである。一体どこの国の首相なのかわからない。愛国心を強制する人がもっとも愛国心をもっていない、こうしか言いようがない。

 

  ※  ※  ※

 

そして彼は3年前アメリカの議会で誇らしげにこう宣言した、そのためにこれまでの「岩盤規制を打ち破るドリルに自分がなる」、「いかなる規制も私のドリルから無傷ではいられない」と。

 岩盤規制、とくに財界やアメリカがいう農業・雇用・医療・教育などの分野にかかわる規制、この多くは国民生活を守る上での最低限の規制であり、だからこそ簡単に緩和や撤廃ができないように、容易に切り崩せないまさに岩盤のようになっているわけだが、それを何とドリルでつまり強権、多数の暴力で傷つけ、打ち破っていくと言うのだ。
 農業に関してはTPP、FTAの締結推進による農産物輸入の全面自由化、内外の資本による農業・農地支配の自由化、農産物需給均衡政策の全面廃止、農協解体を進めると言う。そして国内の大企業はもちろんのこと外国の大企業も日本の農地を手に入れて農業ができるようにし、輸入農産物と合わせて国内農産物の生産流通加工を支配できるようにし、さらにはその農地の転用や売買で大儲けができるようにするという。

 もちろんアメリカは国内の矛盾の反映でTPPに参加していない。かわりにFTAでもって関税自主権のさらなる放棄をはじめ、食の安全や環境保全、医療、金融・保険、労働法制、中小企業支援制度、公共事業の発注等々あらゆる分野のルールをアメリカ並みにすることをこれから強く要求してくるであろう。わが国の現政権は、財界はこのFTAをTAGなる偽名を用いて、渋々ながらという顔をして受け入れ、アメリカを母国とする多国籍企業が自由に日本で利益をあげていけるようにしようとしている。まさに日本は国の形が大きく変えられようとしているのである。

 

  ※  ※  ※

 

 こうした動きに対して国民の多くはあまり関心をもたない。戦後70年も過ぎてあの飢餓を知らず、農産物輸入を基礎とする「飽食」社会にどっぷりつかって食料自給、農業の重要性を認識しない消費者が多数派を占めるようになったからだろう。

 そこに力を得て現政権は財界とともに農山漁村を、日本人の故郷を、私たちの暮らしをドリルを打ち込んで傷つけ、破壊しつつある。そして「国民はどうあれ、内外の企業が世界でもっとも豊かになれる国」にしつつある。

 現政権の言っていた「美しい国」とはこういう国のことをいうのだろうか。何かおかしくないか。どこか狂ってはいないか。戦後目指そうとした国はこんなものではなかったはずだと思うのだが。最近政権担当者は「美しい国」とはあまり言わなくなっているが、さすがに気恥ずかしくなったのだろうか。

 

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