【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】(108)丸い大豆の落ち着き場所2018年11月23日
米中間の貿易摩擦は食料や農業の分野でも影響が生じている。ただし、それは当事者だけに止まらない。しかしながら、米国産農産物の輸出先として最大の顧客は誰かという視点と、「漁夫の利」という視点を合わせて見ると興味深い。
1990年以降、ほぼ30年間の米国産農産物を輸出金額という視点で見た場合、最大の輸出先は、概ね10年単位で変化している。1990-2002年までは日本、2003-2010年まではカナダ、そして2011年以降、現在に至るまでは2016年のカナダを除き、中国が最大の顧客である。
1990年代までの米国にとって最大の顧客は日本とEUであり、金額で見た場合、各々約20%のシェアを占めていた。その後、1994年にNAFTAが発効すると、米国の南北に隣接するカナダとメキシコへの輸出が増加する。その結果、農産物輸出先No.1の座は2002年に日本からカナダへと代わり、2005年に日本はメキシコにも追い抜いかれている。
これはNAFTAという明確な政策に基づく米国の北中米州市場の囲い込みの結果でもある。その結果、カナダとメキシコは2000年代を通じ、両国合計で米国産農産物の約3割を輸入する最大の顧客に成長している。
一方、2000年代にはもうひとつ注目すべき変化がある。米国産農産物の輸出先として、日本の相対的地位が低下したのに対し、中国の地位が上昇した点である。中国は2001年にWTOに加盟したが、米国産農産物の輸出先としてそのウエイトが日本を上回るのは2010年である。この年、中国はメキシコをも上回り、米国産農産物の輸出先としてカナダに次ぐNo.2の地位を獲得する。翌2011年にはNo.1となり、その後2015年まで5年連続で米国産農産物の最大顧客となっている。2016年に一度はカナダに抜き返されたものの、2017年に中国は再びNo.1の地位を占めている。
出典:米国農務省資料より筆者作成
さて、中国の勢いは今後しばらく継続しそうな感が強いと多くが認識していたところに出てきたのが冒頭で述べた米中貿易摩擦(米中貿易戦争)である。メディアでは当初、工業製品が注目を浴びていたが、本年4月に中国が米国産の食肉や大豆などに最高25%の報復関税をかけたことにより、食料・農業分野への影響が確実となった。
振り返ってみると、米国農務省は6月に中国の大豆輸入数量を1億300万tと予想していた。この時点で見通された世界の大豆輸入数量は約1億6千万tである。最大の輸入国は中国(64%)であり、2位のEU1,420万tの7倍以上、日本325万tの30倍以上である。
これが7月の見通しで9,500万tにまで減少し(▲800万t)、9月は9,400万t、そして11月は9,000万tと、5か月間で1,300万t減少している。簡単に書いたが、実は大変化である。だが、どうもそれほど大騒ぎにはなっていないようだ。そこで、あらためて2018年度の中国の大豆需給見ると、以下のとおりである。
国内生産 1,600万t
輸入 9,000万t(ブラジル約5割、米国約4割)
国内需要 9,250万t
中国の大豆自給率を単純計算すれば17%に過ぎない。これはこれで興味深い。
また、米国産大豆の割合である約4割を高いと見るか、低いと見るかは立場次第である。中国側から見れば、政策により瞬く間に1,300万t(年度を超える分を含め最終的には1,600万t程度と見られている)を他国から調達する必要が生じたが、今年はブラジルが豊作(生産量1億2,050万t)で十分な輸出余力(7,700万t)があるため、調達先には不自由しないし、国内的にも高関税をかけた米国産より安いブラジル産を使えることになる。政策は政策、実業は実業として極めてビジネスライクに考えることが出来る。
一方の米国にしてみれば、大豆価格は6月以降確かに下落しているが依然としてブッシェル当たり9ドル近くはあることに加え、米国内の大豆搾油需要が堅調であり、余剰大豆が行き場を無くすようなこともない。つまり海外に売れなければ国内で使えば良いし、そもそも米国では国内使用の方が輸出よりも優先度は高い。
今回のケースは同じ様な制裁措置でも1980年の対ソ穀物禁輸の時の騒ぎとは大きく異なる。そういえばあの時、ソ連は結局米国の代わりにアルゼンチンから輸入した。そして米国内に穀物が大量に余り価格が低下したために大問題になった。今回の両国の思惑の詳細は不明だが、結果として、大豆は落ち着くべきところに落ち着いているようだ。最も得をしたのは豊作で余った大豆を苦労して売り込まなくても良かったブラジルかもしれない。
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