【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第32回 戦後も残った照明の地域格差2018年12月13日
前々回、前回と触れた葛巻町毛頭沢(けとのさわ)集落だが、葛巻町出身の中村勝則君(秋田県立大準教授)に聞いたら、ここは町の北西部の山中にある既存の集落でその奥に開拓地があり、その地域の子どもたちはみんな冬部小学校毛頭沢分校に通い、中学校になると家から歩いて冬部中学校に通っており(冬季間は中学校近くの寮に寄宿)、開拓地も含む集落全部がかつては無点灯地区だったとのことである。
さて、この集落の点灯に関する角田毅君(山形大教授)の疑問のもう一つとは、「江戸時代にすら『行灯』等があったのに昭和30年代にいろりでしか灯りをとれなかったのは、『ろうそく』等が貧しくて買えなかったと言うことなのだろうか、『いろり』からいきなり『電灯』というのはやや飛躍があるように思えるのだが」ということだった。
これには次のように答えた。
そもそも江戸時代の一般の農家は囲炉裏に炊事・暖房・照明の三つの機能を持たせていたが、やがて小皿(燈明皿)に油を注ぎ芯を外に垂らしてそこに火をつけて灯りとするようになった(行灯などは一般庶民には使えなかった、蝋燭も特別のときに使う程度だったようである)。
明治に入るとランプが使われるようになったが、貧しい農家や山間僻地などのなかにはランプを買えない家もあった。とくに岩手の山間部などでは高冷地からくる農業生産力の低さ、炭焼き中心、それに加えて名子制度というきわめて古い土地所有形態の残存等々のためにランプを買えないものもいたと考えていいのではないか。
一方、戦後、山間僻地に緊急入植させられた開拓農家の場合、補助融資は出ても最低限の食費すら賄えない程度なので、照明用のランプや油、蝋燭などは高価でしかも交通不便で入手が難しい。緊急事態の時のために蝋燭と提灯をおく程度、木の根っこだけは開墾でたくさん出る、それを囲炉裏で照明に使うしかなかったのではなかろうか。
それが後に述べるような戦後の民主化運動、地域格差是正の声の高まりによって、やがて囲炉裏の灯から電気の灯へと一挙に飛躍したということなのではなかろうか。
こう答えたのだが、それがどこまで正しいか確信はない。
こんな論議をしている過程で、また角田君が面白い研究論文(注1)を見つけ出してきた。それによれば、1953(昭28)年、北上山地の東北部にある岩手県山根村(現久慈市)の総戸数380戸(注2)すべてに電気がまったく通じておらず、そこに近接している有芸(うげい)村(現岩泉町)は87%、山形村(現久慈市)は85%の戸数が未点灯だった(注3)とのことだった。前々回述べた「日本で一番最後に電灯がついた村」のある葛巻町は29%の未点灯だったからまだいい方だったのである。
驚いた。戦後8年も過ぎ、都市ではテレビ放送が始まりつつあったのに、いまだ電灯やラジオの恩恵すら受けることのできない地域、家々がこんなにあったのである。こうした地域は全国各地の社会的経済的条件の悪い農山漁村の各所にあったのではなかろうか。
当然のことながら住民はこんな状態から脱却したかった。人並みの生活をしたかった。しかし電信柱を建て電線を引くお金がない。金のないのは町場の庶民でも同じだと言われるかもしれないが、都市部であれば人口が多く、家々が密集しているので、みんなで負担すれば一戸当たりの費用は安くなる。だから何とかひけるし、電力会社も採算がとれるからやろうとする。
ところが山村となると集落は分散しており、家々もまばら、そこに電気を通すとなると電信柱をたくさん建て、電線もたくさん引かなければならない。にもかかわらず戸数=利用者は少ない。受益者負担とすれば一戸あたりにすると莫大な金になる。当然そんな金は山間僻地にはない。
電力会社が費用を出せばいいといっても、山間の不便な遠いところまで電信柱を立て、電線を引いても、つまり金をかけても、わずかな戸数からしか電気料金が得られない上に保守管理にも金がかかるので、やりたがらない。家屋密度の相対的に高い投資効率のいい集落にはもちろん積極的に配電しようとするが。
公共的性格をもつ電化が、利益を求める私的企業により担われているため、利益の得られそうもない地域では進まず、社会的文化的経済的な地域格差はさらに拡大されたのである。
話は今のことになるが、いうまでもなく水道も公共的性格をもつもの、それが今国会の改正水道法で民営化が可能になったとのこと、世の中どうなっていくのだろうか。
(注)
1.西野寿章「戦後の岩手県における山村地域の電化過程についての覚え書き」、『地域政策研究』(高崎経済大学地域政策学会)第19巻第4号、2017年3月。
2.一町村の戸数が非常に少ないが、昭和の大合併(1954年)以前の市町村の規模は全国どこでもきわめて小さかった。
3.西野寿章「前掲書」193~194頁。
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